「戦争は球児の夢を奪った小売業の繁栄は平和の象徴 草の根の交流が大事」

 今年も春の選抜高校野球大会が近づいてきた。私は戦前、“高校球児”だった。野球を始めたのは小学生の頃。家業の岡田屋呉服店に野球部があり、自転車の後ろに乗せてもらい、グラウンドによく足を運んだ。小学校5年生の頃に少年野球チームに入団。ポジションはサードだった。

 三重県立の旧制富田中学校(現四日市高校)に入学してからも野球部に入部。部員が少なく、3年生でレギュラーに選ばれた。弱小チームでなかなか試合に勝てなかったが、みんなで白球を追いかけた。

 だが、太平洋戦争が始まり、野球は「敵性スポーツ」とされ、風当たりが強まっていく。大会は中止。そして5年生の時、ついに野球部の解散が決まる。当時は学校に配属将校と呼ばれる軍人がいて、「敵性国のスポーツはけしからん」と言われた。部員みんなで突撃してバックネットを破壊した。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り1037文字 / 全文1437文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

オリジナル動画が見放題、ウェビナー参加し放題

日経ビジネス最新号、9年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「賢人の警鐘」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。