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米フェイスブックが発表したデジタル通貨「リブラ」の価値は、成功すればビットコインを超え数百兆円に達しそうだ。いずれ金融政策や徴税が困難になると危惧する声も聞こえる。発行主体の統治体制を注視せねばならない。

坂井 豊貴[さかい・とよたか]
慶応義塾大学
経済学部教授

慶応義塾大学経済学部教授、デューデリ&ディール・チーフエコノミスト。1975年生まれ。米ロチェスター大学経済学博士課程修了。近著に『暗号通貨VS.国家』(SB新書)。

 ビットコインをはじめとして市中に流通する暗号通貨は、すべて合わせて約30兆~40兆円の価値がある。米フェイスブックは、独自の暗号通貨「リブラ」の運用も計画する。同社のSNS(交流サイト)を利用する世界27億人が潜在的な顧客だ。各国の規制をクリアできるのなら、リブラの流通量はいずれ何百兆円というとてつもない規模に達するだろう。

 世界経済がビットコインやリブラに依存していくことに、各国の金融当局や議会から警戒する声が上がる。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は米議会で「(リブラは)プライバシーや資金洗浄、消費者保護、金融の安定性の面で深刻な懸念が存在する」と証言した。これを機に国家と通貨の関係を改めて考えてみたい。

価値が増大する暗号通貨に警戒も
●世界で流通するすべての暗号通貨の総時価総額
出所:CoinMarketCapの集計値を基に編集部作成、期間は2019年7月1日まで(写真=Shutterstock)

国家か民間かは重要でない

 暗号通貨を怪しいと捉える人は、いまだに多い。発行主体が国家ではなく、民間だというのが、主な理由の一つだろう。

 国家の主権には通貨の発行権が入ると最初に論じたのは、恐らく16世紀のフランスの思想家、ジャン・ボダンである。彼は、主権の核心は立法権であり、それには通貨の発行権が含まれると論じたのだ。

 とはいえ歴史を振り返れば、民間が発行した通貨は過去、多数存在している。日本でも中世には宋銭や私鋳銭が流通していた。それらが通用したのは、商品やサービスと引き換えられる「交換の媒体」として機能したからだ。これこそが通貨の本質である。

 将来にわたって交換の媒体として使えるとの予想が、市中の皆に共有されることで通貨は成立すると、20世紀に活躍した米経済学者ポール・サミュエルソンは論じた。

 この条件を満たすのであれば、通貨が存在する形態が紙なのか電子情報なのか、あるいは発行主体が国なのか民間なのかは関係ない。国家が通貨の発行を独占する現代にあって、ビットコインの登場は私たちに、通貨の本質を明快に突きつけてきた。

 もし将来、法定通貨に代わって暗号通貨を使う人が増えれば、金融緩和など中央銀行による金融政策の効果は薄れることになる。

 これは金融緩和によるバブルが起きにくくなることも意味する。政府の施策によって私有財産の価値を増減させることができないということだ。これは、経済自由主義の観点からは望ましいことかもしれない。すでにビットコインをそのような「価値の保存」の手段とする見方は、それなりに確立しているように思える。

 注意したいのは、暗号通貨を管理する主体のガバナンス(統治)だ。法定通貨なら、ほとんどの国が、一定の民主的コントロールを中央銀行に利かせている。例えば日本で、日銀の総裁や副総裁、審議委員は国会の同意を得て内閣が任命するというような形だ。

日経ビジネス2019年8月19日号 70~71ページより目次