コロナ禍で繁華街の人出が減り、訪日外国人需要も消滅した。経営環境が悪化する中で命運を託されたのは証券会社出身のベテラン経営者だった。ネット通販の定着という逆風も吹く中、どんな成長戦略を描くのか。

(聞き手は 本誌編集長 磯貝 高行)

(写真=高山 透)
(写真=高山 透)
PROFILE

木村一義[きむら・かずよし]氏
1943年生まれ。三重県出身。新潟大学人文学部卒業後、67年日興証券(現SMBC日興証券)入社。2000年同社副社長、01年日興アセットマネジメント社長、05年日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)会長。12年にビックカメラ創業者の新井隆司氏に招かれ同社顧問に就任。13年2月にコジマ会長、同年9月に同社会長兼社長。20年9月から現職。「凡事徹底・進取果敢」を座右の銘とする。

証券会社のトップを務めた後、70歳を前にして家電量販店の業界に飛び込んだのはなぜでしょうか。

 元をたどると、ビックカメラが上場したときの主幹事証券が日興シティグループ証券(当時)でした。その後に(ビックカメラの)創業者(である新井隆司氏)と数回会った程度なんですが、私の退任が決まったときに声を掛けられたんです。ただ年齢も年齢だし、数社から社外取締役の話もありました。だから役員ではなく相談相手でいいのならと、顧問としてビックカメラに入りました。

 それが2012年。ビックカメラとコジマの資本業務提携が決まった年です。コジマはかつて売上高日本一の家電量販店でしたから、責任を持って経営する必要がある。だんだんそんな風向きになり、コジマの社長をやることになったんです。

その後、コジマの再建を果たされて、さらに親会社のビックカメラの社長に就任したのが20年の9月。このときはどんな心境でしたか。

 自分の年齢を考えても、とてもそんなね(笑)。そもそもコジマの社長をやるのも悩んだほどですから。

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