買収されたニッカウヰスキーから転籍して20年。3月にトップに就き、世界での成長を掲げる。豪州で投資ファンドを相手に訴訟を起こし、和解金を獲得した実行力はつとに知られる。グループきっての剛腕はやまぬコロナの逆風にどう立ち向かうのか。

(聞き手は 本誌編集長 磯貝 高行)

(写真=北山 宏一)
(写真=北山 宏一)
PROFILE

勝木 敦志[かつき・あつし]氏
1960年3月生まれ。84年青山学院大学経営学部卒業、ニッカウヰスキー入社。2002年にアサヒビールに転籍。06年国際経営企画部長。14年に豪社のCEO(最高経営責任者)に就任した。16年に豪社CEOとアサヒGHD執行役員を兼任。17年取締役兼執行役員、18年常務取締役兼常務執行役員。20年に専務取締役兼専務執行役員兼CFO(最高財務責任者)。小路明善前社長兼CEOの海外M&A戦略を支えてきた。21年3月から社長兼CEO。

勝木さんは買収された子会社のニッカウヰスキー出身です。買収された当時はどんな気持ちだったのでしょうか。

 もともとマジョリティーを持つアサヒビール(現アサヒGHD)はニッカウヰスキーにほとんど口を出していなかった。親子上場でしたから。アサヒと交流もそんなにありませんでした。

 それが2001年に完全子会社になりました。国際部門にいて、01年4月にアサヒビールに出向しました。3月31日に同僚と酒を飲み、俺たちもう終わったなと。さめざめと泣いたわけです。

本当の話ですか。

 ええ。アサヒに出勤したら廊下の端を歩かなくてはいけないとか言ってたんです。来てみたらそんなことはない。1987年のスーパードライの発売以降、中途の人材が活躍していた。外部人材に対する許容度が当時の日本企業としては珍しいぐらいありました。

 アサヒの経営戦略部でM&Aを担当するようになり、仲間がニッカ買収の時の10カ条みたいな文書を見せてくれました。その1行目に「社員を出身で差別することは許さない」という社長の言葉が出てくるんですよ。ああ、こういうことだったのか、トップの意思があり、そういう文化なのか、と。2度目です。また泣きましたよ(笑)。

 私自身も恐らく周りも、ニッカ出身だからうんぬんというのは、まったくとは言いませんが、ほとんどないんじゃないかな。今回も指名委員会の決定で社長に指名され、指名委メンバーは出身なんか気にしないわけですよね。

続きを読む 2/3 自らまいた種は自ら刈り取る

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