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組織の中で知識を創造する理論を生み出した、日本が誇る世界的な経営学者。新型コロナウイルスで先行き不透明な社会では、内在する知を引き出す重要性がより高まる。「どう生きたいか」という目的への共感がイノベーションに導くという。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=吉成 大補)
PROFILE

野中郁次郎[のなか・いくじろう]氏
1935年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業。富士電機製造(現富士電機)を経て、67年に米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院に進学、72年博士課程修了。82年に一橋大学産業経済研究所教授。「ナレッジマネジメント」「SECIモデル」といった理論を広めた。富士通や三井物産の取締役も兼務。カリフォルニア大学バークレー校名誉教授にも就任、2017年には同大学最高賞の生涯功労賞を授与された。

8月28日に安倍晋三首相が辞任を表明しました。7年8カ月の長期政権でしたが、どのように総括されますか。

 安倍首相は、安全保障や外交分野では、「自由で開かれたインド太平洋構想」など具体的ビジョンを示し、世界における存在感を確立しました。前回の失敗を糧に、持病がありながらも命を賭して逃げずに本質に切り込んでいく強い覚悟と、現実に応じてプラグマティックに対応する姿勢のバランスがよかったと考えています。

その間、日本企業は「失われた30年」から脱出できず、相対的に国際競争力を失いました。何が原因でしょう。

 行き過ぎた分析主義でしょう。何事にも理論ありきで、「オーバーアナリシス(分析)」「オーバープランニング(計画)」「オーバーコンプライアンス(順守)」に陥りました。

 かつての日本的経営の良さの一つは、未来に向けた筋書きを共有しながら、従業員一人ひとりがリーダーシップを発揮し、自律分散的に試行錯誤しつつ前進していくことにありました。人間の野性味から出る創造性、臨機応変に決断・実行する実践的知恵が劣化しているのは確かでしょう。

 我々が本来持っている潜在能力を引き出す経営とは何かを、改めて考える必要があります。新型コロナウイルスの感染拡大はそのチャンスです。

 激しい環境変化を生き抜く鍵は「アジャイル(俊敏な)マネジメント」であることは言うまでもありません。そこで特に重要になるのは、従業員を「資源」ではなく、資源を生み出す「創造主体」と捉えることです。働く人間の尊厳を再定義し、全員経営でイノベーションを起こしていく仕組みが必要です。

日経ビジネス2020年9月14日号 58~61ページより目次