JRも、こんなに旅客数が減るのは初めての経験だと思います。

 今はつらい時期で、場合によっては列車のダイヤをさらに減らすところも出てくるかもしれないけれど、ここは何とか乗り切ってほしい。感染対策をしっかりとしたうえで、事故を起こさず、日本の鉄道への信頼を裏切らないようにすることが大切です。

 新しい生活様式に合わせることも必要になります。通勤時間のピークはなだらかになるでしょう。テレワークが進み、静岡や宇都宮といった距離感の地域に移り住んで、週に2日とか3日、都心に出てくるようなスタイルも始まりそうです。

 東京一極集中が変わるわけですよね。そうなったら鉄道、JRも今までのように満員電車に乗っていただく状況はなくなるでしょう。通勤電車だけど快適に乗ってもらう車両が今もありますが、もっとつくってもいい。確実に座れるようにしたり。新しい生活様式をどうやって定着させていくかという中で何に取り組むのかを考えないといけない。

松田さんは優しい人でした

JR東日本の元社長である松田昌士さんが先日亡くなられました。清野さんにとってどんな存在だったんですか。

 会社でもプライベートでもお世話になっていましたが、一言でいえばものすごく熱くて面倒見がよく、涙もろい、優しい人でしたね。若い時に悩みを聞いてもらったこともあります。(井手正敬JR西日本元社長、葛西敬之JR東海名誉会長とともに)旧国鉄の改革3人組と言われましたが、3人ともいなければ改革はできなかったと思います。特にJR東は労働組合との付き合いが非常に難しく、ストライキを回避しながら改革を進めるということで、様々な苦労があったと思います。

 こう言っては失礼かもしれませんが、人を信じようとする、というか、すぐ信じちゃうところがありました。相手が組合の人でも、政治家でもそうでした。そんな松田さんだったからこそ、今のJR東日本があるのだと思います。

大会社のトップになった人でそこまで優しいと言われるのはめずらしい。

 特に出身の北海道にはめちゃめちゃ優しい(笑)。

松田さんは、経営難のJR北海道と合併しようと口にしたこともありました。

 それは公にはしていませんが。(2010年代の前半に)JR北海道で社長とその経験者が相次いで亡くなったことがありました。その時に松田さんは「俺が助けに行く」と言ったんです。その時はもう70代でしたよ。周りが必死に止めましたが、JR北海道には強い思い入れがあったんでしょうね。

傍白

 「私達の使命は『つなぐ』こと。つながればきっとこの国は元気になる」。2011年の東日本大震災の直後、被災地出身の経営者がつづる「被災地への手紙」という企画を考え、JR東日本の社長だった清野さんにメッセージをいただいたことがあります。肩書が変わっても「つなぐ」使命は変わらず。再び困難な状況に直面されています。

 拡大を続けてきた訪日観光客数は新型コロナの影響で激減しましたが、昨年から単月では前年割れが出ていました。振り返れば客数増にあぐらをかいたような、料金に見合わないサービスも横行していました。これを機に立ち止まって、もう一度日本の観光を磨き直す。なんとかここを踏ん張り、新たな成長のレールをつなげてほしいです。

日経ビジネス2020年7月13日号 74~77ページより目次

この記事はシリーズ「インタビュー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。