日本でコンビニエンスストア事業を成長させた大木将史は80歳を超えてなお、小売り大手アーリーバード&エフ・ホールディングスのトップの地位にあった。スーパーマーケット事業の不振もあり、アーリーバードのさらなる成長のために、将史は体制を刷新しようとするが、名誉会長の藤田俊雄は将史の人事案に反対する。巨大企業を率いてきたカリスマに、運命の時が近づいていた。
気持ちのどこかで徳久が人事案に反対するかもしれないと考えていた。しかしそれが現実になるとは信じられない気持ちだ。徳久は、自分の考えで反対しているわけではない。父である俊雄の考えを代弁しているのだ。将史は体の芯から力が抜けて行くような感覚に襲われた。今まで将史が自由に力を振るえたのは、俊雄の後ろ盾があったからだ。それを失ったのだ。

「なぜだ……。なぜ信用してくれない。私は息子に社長をやらせる気はない」
将史は声にならない声で呟いた。
「井上社長には悪いけど」
田村が声高に言う。
「これだけ大木会長が不適格だとおっしゃっているんだ。その理由が分かっているのかね」
「分かりません。私はちゃんと職責を果たしています」
井上が反論する。
「私も同様の考えです。大木会長がなぜそこまで井上社長を不適格だとおっしゃるのか理解できません」
徳久が加勢する。
「もういい。いくら議論しても平行線だ。決を採りましょう。採決は無記名で行います」
いつもは挙手だったのだが、社外取締役から「大木会長に睨まれていたら本音がでないので無記名投票にしたい」という提案が出されていたからだ。
将史は、気を取り直していた。
──徳久の反対に衝撃を受けたのは事実だが、過半数の8名の賛成は取りつけられるだろう。そうなればすぐにこの人事を実行してアーリーバードが未来にはばたくための手を打ってやるつもりだ。ここまで大きくしたのは俺だ。名誉会長じゃない……。
投票が終わった。
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