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前回までのあらすじ

 国内大手の流通グループ、アーリーバード&エフ・ホールディングスでは、会社を育てた藤田俊雄の引退後、後継者である大木将史の体制が長く続いた。その中で、傘下のコンビニチェーンでは24時間営業などを巡って、コンビニオーナーからの不満が生まれていた。将史は自らが引退する気はなく、グループ内の事業会社のトップの交代人事を進める。そんな将史に社内でも反発が起き始めていた。

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──2016年2月15日

 田村は将史の元に辞任の希望を伝えようと考えていた。

 

 田村は、今度の決算でアーリーバード&エフ・ホールディングスの社長として満10年が過ぎ、11年目に入る。あまりにも長いと考えていた。年齢も72歳。70歳で会社を辞めて自由になりたいと思っていたのに2歳もオーバーしてしまったことにいささか反省の念がないでもなかった。

 将史にはまだ自分の本音を伝えていない。週に1回以上は、将史を訪ね、諸事項を報告し、指示を仰いでいた。将史は、一時期、体調を崩して入院したのだが、今では全くそのような様子はない。以前より活力に溢れている。田村を叱責する声にも力がこもっている。

 将史との思い出は多い。田村の財務の能力を評価し、持ち株会社制の採用の際は、最初から関わった。制度の意義を海外株主に説明するのは大変だった。2週間で100社を巡った。

 営業経験が少ないにもかかわらずフジタヨーシュウ堂の業績回復を託されたこともあった。

 田村は将史の期待に応えようと必死で努力した。一時的に業績は回復したが、再び失速してしまった。今度の2月決算では東証2部上場を果たした1972年以来、初の赤字となる。約140億円の赤字だ。今や石亀新社長に期待するしかない。海外投資家からは、フジタヨーシュウ堂の分離を迫られる羽目に陥っている。祖業であるフジタヨーシュウ堂の分離を、さすがの将史でも決断はできないだろう。それに分離したから業績が回復するというものでもない。

 考え事をしながら、ドアを開けた。

 「おお、田村か。丁度、君を呼ぼうと思っていたところだよ。悪いが、井上をここに連れて来てくれ」

 将史が、田村を見るや否や命じた。

 「あ、あの……」

 田村は自分の用件を伝えようとしたが、さすがに自分の人事のことであり、躊躇した。

 「用件は、後で聞く。井上を呼んでくれ。アーリーバードの人事で変えたいことがあるんだ」

 表情が険しい。いつもと雰囲気が違う。

 「は、はい。分かりました」

 田村は、踵を返して、井上を呼びに行った。

日経ビジネス2019年7月29日号 70~73ページより目次