俊雄の次男の徳久は、現在、アーリーバード&エフ・ホールディングスの取締役である。アーリーバードジャパンで将史に鍛えられているようだ。

 徳久が後継者になるかどうかは、本人の力次第だ。力の無いものが後継者になれば、困るのは本人であり、社員であり、取引先であり、客だ。こんなことは百も承知であり、秀久退任時の判断を見ればわかるはずだ。

 将史も同じ考えだろう。

 息子の翔太を後継者にしたいために明確な後継者を決めないでいるのか。まさかそんなことはないだろう。

 周囲は、ジュニアという言葉から推察すると、徳久と翔太のことをアーリーバード&エフ・ホールディングスの跡目争いのように面白おかしく見ているのだろう。

 「少しも面白くない!」

 俊雄は吐き捨てるように言った。

 秘書の肩が、驚いたようにピクリと反応した。

 「君ね、『満は損を招き、謙は益を受く』という言葉を知っているかい」

 俊雄は秘書に語りかけた。

 「存じません。申し訳ございません」

 秘書が答える。

 「森田節斎という江戸後期の儒学者の言葉だよ。吉田松陰の師だと言われているね」

 「そうなんですか」

 「意味は、いつも謙虚でなければならないということだ。傲慢は人や組織を駄目にするんだ。我が社は大丈夫かね」

 俊雄は秘書を睨むように見つめた。

 「さあ、どうでしょうか。私は、なんとも……」

 秘書の困ったような顔がバックミラーに映っている。

 俊雄は、窓外に視線を移した。桃の花が扇状地の傾斜を染めているが、徐々に陽が陰ってきていた。

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