前回までのあらすじ

 大手流通グループ、アーリーバード&エフ・ホールディングスの名誉会長、藤田俊雄は傘下のコンビニチェーンのオーナーの息子から「24時間営業に意味はあるのか」と問われる。後継者である大木将史も80歳を超えており、俊雄は会社の今後を考える。不意に俊雄を直撃した週刊誌記者の北見真一は、将史の息子が社内でジュニアと呼ばれていることを告げ、俊雄の意向を聞き出そうとした。

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 「しつこい記者でしたね」

 「週刊水曜日」の、北見が去っていくのを見届けながら、秘書が俊雄に背を向けたまま言った。

 「ああ……そうだったね」俊雄はため息をついた。「私が甘かったのか……。失敗なのか……」

 「なにかおっしゃいましたか」

 「いや、なんでもない」

 俊雄は慌てて否定する。

 俊雄は将史のことを大いに評価していたが、世間からは水と油だという声が聞こえてくる。

 しかし2人の間には対立も反発もない。将史がやりやすいように俊雄は漬物石として将史の暴走を抑え、あまり一方に偏り過ぎる場合は、弥次郎兵衛の片割れの役割を演じ、バランスを取ってきた。

 世間の声の通り、水と油だったから上手く行ったのだろう。共通点は、2人とも仕事が好きだった、どうしたら客を満足させることが出来るか、ということを考えることにまったく飽きることがなかったことではないか。

 アプローチは違っても目指す頂上は同じと言えるだろう。

 しかし気になることがある。最近はあまり2人で話さなくなったことだ。将史から直接の報告は無く田村などの役員が俊雄との間に入ることが多くなった。

 任せ、任されの関係が長くなると必然的にコミュニケーションが少なくなる傾向になるが、それが軋轢があるように思われてしまうのだろうか。

 ──ジュニアとはねぇ……。

 将史は、息子の翔太が経営していたインターネット企業を買収し、そのまま翔太をアーリーバード&エフ・グループ内に取り込んでしまった。

 その理由はオムニチャネル戦略を推進するためだという。

 オムニとは「あらゆる」「全て」の意味だ。これからはインターネットでの買い物が一般的になる。そのような時代に備えアーリーバード&エフ・ホールディングスのあらゆるリアルな店舗とインターネットを繋げようというのが、オムニチャネル戦略だ。

 将史は、大したものだ。たえずリスクを負って時代の先を読んで動く。しかし幹部や社員の大半は、オムニチャネル戦略の必要性を本当に理解してはいないだろう。まだ現実のものとしてとらえられないからだ。いずれはそんな時代が来るだろうとはぼんやりと想像しているが、今のところ危機感はない。

 そのような状況で将史の息子である翔太が、戦略の先頭に立てばなにかと波風が立つに決まっている。そこが将史には分からなくなっているのだろうか。