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前回までのあらすじ

 スーパーマーケットチェーン、フジタヨーシュウ堂を育てた藤田俊雄は総会屋事件の責任をとって一線を退き、大木将史に社長を譲った。将史が米国から取り入れたコンビニチェーンのアーリーバードは銀行業にも進出し成長を続けるが、フジタヨーシュウ堂の業績は振るわなかった。俊雄は68歳になった将史に引退時期を考えるように促すが、将史はまだ事業に意欲を燃やしていた。

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 俊雄は、甲府市にあるアーリーバードのオーナーの家に来ていた。彼の霊前に線香をあげた。

 東京から秘書と共に社用車で2時間余りで到着した。

 中央本線のあずさかかいじに乗って行きたいと言ったのだが、車の方が便利だからと秘書に押し切られてしまった。

 今は4月だ。久しぶりに電車の窓から桃の花が甲斐の山々をピンク色に染める景色を眺めたい。山梨は葡萄が有名だが、桃の花の季節は、文字通り桃源郷となる。圧巻の美しさだ。目の中が、華やかなピンク色に染まる。車からも見えるが、やはり電車の方が味がある。

 親しいオーナーの霊前に向かうのに旅行気分なのは不謹慎だが、何度も会ったことがある人物なので許してくれるだろう。

 最近、強引に要求を通そうという気力が薄れてきたように思える。もともとそれほど強引な方ではない。かといって素直に引き下がる方でもない。妻の小百合には強引ではないが、強情だとは言われる。他人になんと言われようと本当には納得していないらしい。この性向は、自分ではなかなか気づかない。

「もう卒寿なのだから、少しは素直になったら」

 時々小百合は、笑いながら言う。

「素直ですよ。君の意見に従います」

 俊雄は言う。

「あなたの顔がまったく納得してませんって顔をしているわよ」

 小百合は、先ほどよりもっと楽しそうに笑う。

「そうかな」

 俊雄は、不満そうに呟きながら、一方で強情かもしれないと思う。

 会社の経営というものも強引では困るが、多少、強情でないといけないことがある。素直過ぎると、他人の言うことに耳を傾けすぎるからだ。

 強情で良かったことは、どんなに不動産投資を勧められても手を出さなかったことだ。濡れ手で粟の商売はない。1円、2円を大事にすれば、チリも積もれば山となるは真実だ。これが商売の王道だ。

日経ビジネス2019年7月1日号 62~65ページより目次