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前回までのあらすじ

  スーパーマーケット、フジタヨーシュウ堂やコンビニチェーン、アーリーバードの経営を担う大木将史は、消費者が喜ぶ銀行を作るという目標を掲げる。メインバンクでもある四井住倉銀行は反対したが、計画は四和銀行の支援を受けて、金融監督庁に銀行設立の趣意書を提出するところまで漕ぎつける。四和銀行から新銀行に転籍した二見川康は研修のため、アーリーバードの店舗で働いていた。

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 それまでエリート銀行員だった男が、コンビニで女子高生に叱られている姿は、リストラされた中高年の悲哀そのものだった。その姿は近所の噂となり、妻から「恥ずかしいからやめてほしい」「(娘が)コンビニに行けないって言ってるわよ」と嘆かれることもたびたびだった。

 しかし自分でこの転籍を受け入れた以上、銀行に戻るという選択肢はない。

 毎日、遅くまで働き、売れ残ったシュークリームを10個も買って自宅に帰り、妻や娘と一緒に食べることもあった。

 アーリーバードで4カ月働いた後はフジタヨーシュウ堂の武蔵境店の紳士服売り場に4カ月勤務した。ここではいきなり客の紳士服の採寸などをさせられ、客の足を針でつついてしまったことがあった。その後は研修所で研修を受けた。

 二見川は、コンビニやスーパーで働くことで、こうした場所で利用する銀行はどうあるべきかを肌で理解したのである。どういう客が来店し、どういう要望を持っているのか。そうした要望をどのように新しい銀行のサービスに反映したらいいのか。二見川は、この1年弱ですっかりフジタヨーシュウ堂の人間に生まれ変わった。

 銀行設立準備は順調に進んだ。通常1台800万円から数千万円以上もするATMを200万円程度で製造することにも成功した。当然、四和銀行のノウハウを生かした循環型であり、客が入金した皺のよった使用済みの紙幣も利用できるすぐれた性能を持っていた。

 社長は、かねてから考えていた元日銀理事で長期信用銀行の破綻処理を担った安藤隆一が引き受けてくれた。

 金融庁が、銀行の新規参入に前向きになったことも追い風になった。そしてついに2001年4月20日に免許申請書を金融庁に提出し、同月25日に免許を取得できたのである。銀行名はフジタヨーシュウ堂のイニシャルを取ってFY銀行と名付けた。フレンド・フォア・ユー(あなたの友達)の意味を込めた名前だ。

日経ビジネス2019年6月24日号 66~69ページより目次