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前回までのあらすじ

 スーパーマーケットチェーン、フジタヨーシュウ堂を率いる藤田俊雄は総会屋事件の責任をとる形で社長を辞任し、副社長だった大木将史が社長に就任した。その将史が米国から導入したコンビニ事業、アーリーバードは店舗網を拡大し、売り上げを伸ばす。一方フジタヨーシュウ堂はどんどん利益を落としていく。一線を退いた俊雄は、できるだけ口を挟まず、将史の経営を見ていこうと決めていた。

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 将史は腹の底から怒っていた。怒りの矛先をどこに向けていいのか悩むほどだ。もしここに誰もいなければ、馬鹿野郎!と怒鳴りたい。

 2000年度、フジタヨーシュウ堂の決算は最悪だった。

 本業の儲けを示す営業利益が前期305億円だったものが、なんと163億円になってしまった。約47%の減益だ。

 将史が社長に就任してからフジタヨーシュウ堂には肩入れをしてきた。

 しかし社長に就任した1992年度に営業利益839億円をピークにして減益基調になってしまった。

 それでも500億円以上を稼いでいたのだが、99年度に305億円に急減した。98年度が533億円だったから、この時も前期比約43%減だ。

 いったいどういうことだ。

 フジタヨーシュウ堂の社員には俺の言葉が通じないのか。

 将史には自負があった。1999年には破綻したアーリーバードの親会社だったサウスカントリー社を再建し、アーリーバードINC.に社名変更した。いずれ完全子会社にし、アメリカ戦略を担わせる考えだ。

 1997年にはフジタヨーシュウ堂を中国の成都、その後、北京にも出店した。成長する中国に初のチェーン展開を認められた画期的な出店だ。

 その間、アーリーバードは成長を続けた。1999年度には店舗数は8153店になった。1万店、2万店へと加速していくだろう。

 営業利益も99年度には1368億円となり、ついに3000億円を超えた。2000年度は1455億円だ。順調に伸びている。

 アーリーバードが無ければ、フジタヨーシュウ堂グループは壊滅状態ではないか。

 将史は、アーリーバードは自分が作りあげ、丹精込めて育てたと自負していた。

 単なる自己満足ではなく、将史はメディアにも頻繁に登場し、アーリーバードの成功の秘訣を語っていた。

 それは多くの人に時代が変わったということを知ってもらいたいからだ。

 世間は、将史のことを「ミスター・コンビニ」と呼んでいる。まんざらでもない称号だ。

 「名誉会長は気楽なものだ」

 将史は思わず呟いた。そして失言だなと一人でばつの悪い思いをした。

日経ビジネス2019年6月3日号 78~81ページより目次