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前回までのあらすじ

スーパーマーケットチェーン、フジタヨーシュウ堂を率いる藤田俊雄は信頼される商売を目指し、会社を成長させた。だが、会社幹部が総会屋に金を渡していた罪で逮捕され、責任を取り社長を辞任する。後を継いだ大木将史は、俊雄とは全く異なるタイプのリーダーで、米国で生まれたコンビニエンス事業を日本に導入し、日本の流通を改革しながら店舗数を急拡大させ、スーパーの改革も断行してきた。

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 俊雄は、銀座1丁目にあるホテルセイヨーの前に立っていた。

 外観はまるで白い大理石の館のようだ。勿論大理石で造られているわけではないが、コンクリート特有の冷たさはなく、襞のある外壁が最上階まで続く姿は、西洋の館の屋根を思わせ、うっとりするほど美しい。

 銀座の通りに面しながら、どこか喧騒とは無縁な雰囲気が漂っている。まるで貴婦人のようにたたずんで、穏やかな笑みを浮かべて客を迎え入れる。

 ホテルの客室はたった77。多くの日本のホテルが広くてもせいぜい30平米から40平米しかないのに、ここは60平米が基本だ。欧米には、日本みたいに部屋数ばかり多く取ろうと、狭くてちまちましたホテルなんかない。欧米のセレブが東京もなかなかのものだと感心するラグジュアリーホテルを造るんだ。そう宣言して造ったのが、このホテルだ。

 ホテルに一歩、足を踏み入れるや否やコンシェルジュ、即ちサービス担当が色々な要望に応えてくれる。部屋はスイートルーム中心。そこに泊まればバトラー、即ち執事が無理を聞いてくれる。

 今では日本のホテルでも一流ホテルにはコンシェルジュやバトラーがいるが、このホテルが嚆矢ではないだろうか。

 朝食の卵料理は、卵3つ、トマトジュースには氷を入れない、目覚めの合図はベートーベンの喜びの歌……。どんな無理難題も承知だ。優雅なレストラン、バー、そして併設された劇場が客たちを優越感に満ちた気分にしてくれる。

 ──大館が文化と言っていたホテルだな。

 大館は、今から7年前(1991年)に突然、セイヨーグループトップの座から引退してしまった。

 その理由は、いろいろ取沙汰されたが、結論は銀行に引導を渡されたというのが正直なところだろう。銀行から借金をして業容を拡大し続けた報いがきたのだ。大館が慈しんだこのホテルもやがては他人の手に渡ることだろう。

 不動産はバブルと言われ、異常な高騰をしたが、まだ下がり続けている。ホテルやリゾート開発に資金を注ぎ過ぎたセイヨーグループの苦しみは、まだまだこれから本格化するに違いない。

日経ビジネス2019年5月27日号 64~67ページより目次