「欠乏経済」は日本企業が安い労働力を求めて進出した東南アジアにも波及している。地域屈指の工業国タイでは労働人口の減少をにらみ、製造業が自動化に動き出した。東南アジアから日本への出稼ぎも細る。安価な労働力を前提にした経営はもう限界だ。

タイの空の玄関口、スワンナプーム国際空港から首都バンコク中心部まで車で1時間余り。日本の郊外を思わせるような真新しい戸建て住宅群や、おしゃれな外観のコンドミニアムの建設現場が車窓を流れていく。「あれでいくらぐらいでしょうね。私にも手が届くかな」──。運転手が片言の英語で尋ねてくる。
新型コロナウイルス禍で中国からの投資マネーがストップし、バンコクの不動産市場は冷や水を浴びせられた。デベロッパーはまず新規着工を凍結して在庫処分を急いだが、次第にタイ人中間層の実需の底堅さに注目し始めた。
コロナの感染が収束してくると、各社は実需を取り込もうと、一斉に新規着工を再開した。都心の物件から郊外の手ごろな価格の物件へと供給の軸は移行。空港からの道すがら目にした光景は、こうした郊外を舞台とする建設ラッシュの一端だ。
作業員不足がボトルネックに
その陰でデベロッパーを悩ませているのが建設作業員の不足だ。野村不動産現地法人の山村周平課長は「ワーカー不足による工事遅延は、かなりのインパクトで表れている」と打ち明ける。
国際労働機関(ILO)によると、タイの登録外国人労働者数は2022年時点で約216万8000人。内訳はミャンマー人が約155万6400人、カンボジア人が約42万1300人、ラオス人が約19万人と、タイが国境を接する3カ国からの出稼ぎ労働者が大半を占める。タイ人が敬遠するいわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」職場で汗を流してきた。
ただしコロナ禍で帰国を余儀なくされた者も多く、まだ十分にはタイに戻っていない。作業員の絶対数が減ったところに、各社がそろって住宅建設に着手したことで、激しい人手の奪い合いが起きている。
中堅以下の地場ゼネコンの現場では、文字通りの「日雇い労働」が当たり前。働き手は少しでもいい条件を提示されれば、翌日には別の現場へと流れる。スケジュール通りにプロジェクトを進めるのは至難の業だ。
野村不動産では22年に引き渡しのコンドミニアムで、半年程度の遅れが生じたという。状況は多少改善しつつあるものの、23年も引き渡しが2カ月程度は遅れるだろうと山村氏はみる。「事業期間をしっかりと長めに見ておく必要がある」
建設現場で顕在化している人手不足は労働統計にも表れている。タイの失業率は10年代に1%を下回る水準で推移し、コロナ禍に突入しても20年1.10%、21年1.41%と世界的に見ても低水準にとどまった。これは日本よりも低い。経済団体のタイ商工会議所は22年7月、建設や食品加工、観光といった分野で50万人以上の外国人労働者が不足しているとの試算を公表している。
タイでは22年10月1日、最低賃金が全国平均で5.02%引き上げられた。工業地帯を抱える東部のチョンブリ県やラヨーン県、ビーチリゾートとして知られる南部のプーケット県に適用された最高額は1日354バーツ(約1400円)。2年9カ月ぶりの引き上げに政労使の3者が合意した直接の背景にあるのは物価高だが、底流にはこうした人手不足もある。
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