開発中のアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が臨床試験で有効な結果を示した。このデータを基に2022年度中に日米欧で承認申請を予定。実用化に一歩近づいた。レカネマブは認知症の医療を変えると同時に、エーザイという企業の姿も変えそうだ。

2022年11月29日に米サンフランシスコで始まったアルツハイマー病臨床試験会議(CTAD)。今年の目玉の一つは、エーザイが米バイオジェンと共同開発しているアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」の第3相臨床試験(開発の最終段階にある治験)の結果の発表だ。
エーザイは既に9月28日に、「Clarity(クラリティー)AD」と名付けた第3相試験の結果の一部を発表していたが、「詳細なデータはCTADで発表する」としていたため、専門家や関係者、投資家らはこの発表に注目していた。レカネマブのセッションで座長を務めた東京大学の岩坪威教授が冒頭、「試験結果は本日、著名医学誌にも掲載された」と報告すると、会場を埋め尽くした聴衆から割れんばかりの拍手が起こった──。
他社も失敗を重ねた
21年度に売上収益約7500億円となったエーザイは、国内6位の大手製薬企業だ。創業者の孫に当たる内藤晴夫代表執行役CEOが1988年以来、35年にわたって率いてきた同社は、日本の製薬業界の中でもとりわけユニークな経営哲学と組織風土を有する企業として知られている。
アルツハイマー病に対する取り組みは、そのユニークさを象徴するものだ。エーザイは、脳内の神経伝達物質の分解を抑えることによってアルツハイマー型認知症の症状を改善する治療薬「アリセプト」を97年に米国で発売。その後アリセプトはピーク時に世界全体で年間約3200億円を売り上げ、エーザイの業績拡大とグローバル展開を後押しした。
アリセプトを発売したとき、既にトップに就いていた内藤CEOは、アリセプトの後継となる認知症治療薬の開発を指示した。認知症の症状を改善するだけでなく、病気の原因そのものに働きかけて進行を抑える薬の開発だ。97年のチーム発足当初からこのテーマに取り組んできた木村禎治上席執行役員は、「進行を抑える薬をつくれとチームに呼ばれた。以来、とにかくやれることは全部やろうと様々な創薬に取り組んできた。アリセプトの特許が切れる2012年までに、が当初の目標だったが、約10年遅れてしまった」と振り返る。
莫大な研究開発費を投じても結果が出ず、いつ音を上げてもおかしくはなかったが、「トップはぶれることなく、やれと言い続けた」(木村上席執行役員)。四半世紀にわたって難しいテーマに投資し続けた理由を内藤CEOは「使命感だ」と言い切る。「患者や家族のために、アリセプトの次の薬を出さなければいけないという思いを片時も忘れたことはない」
記憶に新しいところでは、バイオジェンがエーザイと共同開発した「アデュカヌマブ」(製品名アデュヘルム)がある。21年に日米欧で承認申請したものの、日欧では承認されず、米国では条件付きで迅速承認されたが公的保険の給付が大きく制限された。その結果、22年1~9月の売上高は450万ドルにとどまり、成功したとはいえない状況だ。
アデュカヌマブの日本での承認が見送られた主な理由は2つある。実施した2つの第3相臨床試験の結果が相反していたことと、脳内にあるアミロイドベータ(Aβ)というたんぱく質の減少と症状との因果関係が確立されていないことだった。
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