この記事は日経ビジネス電子版に『 マニラのスラム、一家を救ったNFTゲーム コロナ禍で生計支える』(7月4日)、『ドル支配と忍び寄るデジタル人民元 カンボジアが挑む「通貨独立」』(7月5日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』7月11日号に掲載するものです。
デジタル通貨を巡り、これまでにない動きが東南アジアで起きている。暗号資産を稼げるゲームが流行し、中央銀行デジタル通貨でも先行する。金融インフラの弱さがイノベーションを呼び、通貨のデジタル化に拍車がかかる。

「神様の贈り物だった」。フィリピンの首都マニラ郊外に住むジェフさん(36歳)はスマートフォンを片手に昨年の出来事をこう振り返る。日雇いの塗装工として働いていたが、新型コロナウイルス禍により仕事は激減し、収入は一時途絶えた。2人の子どもを養うため、妻は中東へ出稼ぎに行くことを真剣に考えた。
2021年8月、フェイスブックで「ジョブトライブス」というカード対戦型ゲームの存在を知った。ゲーム内で稼いだお金は現実に持ち出せるという。半信半疑だったが、わらにもすがる思いでダウンロードした。
触れ込みは本当だった。ジェフさんは1日数時間遊ぶだけで1カ月当たり1万2000ペソ(約3万円)前後の収入を手にする。食料品に加え、冷蔵庫やパソコンなどを買いそろえることができた。「家族がバラバラにならずに済んだことが、何よりもうれしい」。ジェフさんとその妻は涙交じりに語る。
ジョブトライブスは「NFT(非代替性トークン)ゲーム」や「Play to Earn(稼ぐために遊ぶ)ゲーム」などと呼ばれる。ゲーム内の通貨やキャラクターがブロックチェーン(分散型台帳)技術を用いたトークンとして発行され、対戦に勝利するなどして獲得したトークンは、暗号資産(仮想通貨)としてペソなど法定通貨に交換できる。

マニラのスラムに住むリッキーさん(36歳)もこのゲームに救われた一人だ。物流会社で荷物を運ぶ仕事をしていたが、コロナ禍で頼れるのはゲームだけになった。獲得したトークンを大手通信会社の電子マネーに換え、食料品などの購入に充てた。家族5人が暮らす部屋には、ゲームの収入で購入したという真新しい自転車が立てかけられていた。
NFTゲームの経済圏が誕生
人気の火付け役となったのは「アクシー・インフィニティ」というベトナム発のゲームだ。同国には多くのIT企業がオフショア開発拠点を構える。「若く優秀なエンジニアが育ち、ゲームという土俵で革新を起こした」。NFTゲーム開発会社の創業者で、暗号資産関連の開発者コミュニティーを運営するニコル・グエン氏はこう指摘する。

東南アジアで人気が爆発したのにも理由がある。リッキーさんは銀行口座を持たず、これまで金融サービスとは無縁の生活を送ってきた。こうした「アンバンクド」と呼ばれる人々が東南アジアには多くいる。彼らは金融サービスにはアクセスできないが、スマホは持っている。だから既存の金融システムの枠外にある暗号資産に近づくことはできた。

もっとも、これを手にするには相応の元手が必要だ。NFTゲームとその周囲で自然発生した「ギルド」と呼ばれる組織が課題を解決した。
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