有力者の意に沿わない者を「村八分」にする排他的体質が産業界に根強く残る。この前近代性が、いかに公正な市場をむしばんでいるか。その実態を明らかにする。明治維新から約150年を経て、今なお古き因習にとらわれた官民に警鐘を鳴らす。

 「村ハチブは村の制裁として村づきあひを絶ち外すことである」(柳田国男編『山村生活の研究』民間伝承の会、1937年)──。

 大分空港からクルマで1時間余り。山あいを走る国道のカーブを抜けると、家屋がポツリポツリと立つ集落が現れた。ハンドルを握る佐竹青蔵氏(仮名)は助手席の記者に向かって、寂しそうに「ここが私の生まれ育った八つ葉村(仮称)です」と言って、アクセルを緩めた。

村民らが自分を村八分にした八つ葉村(仮称)を眺める佐竹青蔵氏(仮名)。一部をモザイク加工した
村民らが自分を村八分にした八つ葉村(仮称)を眺める佐竹青蔵氏(仮名)。一部をモザイク加工した

 田んぼ、神社、民家……。山村の風景が車窓をのどかに流れる。佐竹氏に対する陰湿な村八分が続いているとは、にわかには信じられない。

地元の神社には数年前に修繕費を寄付した村人の氏名を載せた寄進礼板が掲げられている。だが佐竹氏の名前はない。誰からも声をかけられず寄進できなかった
地元の神社には数年前に修繕費を寄付した村人の氏名を載せた寄進礼板が掲げられている。だが佐竹氏の名前はない。誰からも声をかけられず寄進できなかった

 まして記者にも火の粉が降りかかるとは、思ってもいなかった。集落の写真を撮るために、1人でクルマから降り立った時、八つ葉村の本性がむき出しになった。

山村に響く叫び声

 「何の用事!?」

 興奮した高齢の女性が死角から現れ、詰め寄ってくる。もう一人の高齢女性が遠巻きにこちらの様子をうかがっている。

 クルマで村に到着した当初から、立ち話をしていた高齢女性2人がこちらに視線を向けていたことには気づいていた。その時から私たちは監視されていたのだろう。

 記者に迫ってきた高齢女性は、「ここは私んとこの土地! 通らんといて! こっちやろ、こっち!」と叫びながら、記者の通行を妨げようとする。

 何とか写真を撮り終えて急ぎクルマに戻ると、運転席の佐竹氏が「あの人は村の自治区長だった剛力番太さん(仮名)の奥さんです」と教えてくれた。

 国の交付金を巡って剛力氏らと対立した佐竹氏は、ある日、村人の一人から「あんたとは付き合いせんことに決めたから」と告げられた。知らぬ間に村民らは寄り合いを開いており、共同で絶交することを決めていた。佐竹氏と口を利かないのはもちろんのこと、自治区のメンバーからも外し、会合や行事に参加させず、市報なども配布・回覧しないという容赦のない村八分が始まった。

 苦況を打開しようと、佐竹氏は慰謝料などを求めて剛力氏ら村八分を主導した歴代の区長3人と市を提訴。2021年5月、大分地裁中津支部は「社会通念上許される範囲を超えた『村八分』」を認定し、3人に合計110万円の支払いを命じる判決を下した。

 原告と被告の双方が控訴せず判決が確定しても、いまだに佐竹氏は村のつまはじき者だ。一緒に行動していた記者までこの扱いである。

 江戸時代にタイムスリップしたような村が現存するという事実に、多くの読者はあぜんとするに違いない。特に近代合理主義に基づいて発展してきた産業界に身を置く者であれば、なおさらだろう。

 ところがよく見れば、産業界にも官民が守ってきた秩序に反する者を村八分にするような因習が存在する。この村社会的な体質が、日本経済の足を引っ張っている恐れがある。国家・業界・職場という大小さまざまな集団と、八つ葉村との類似性を検証していこう。

次ページ 伝説的投資家の苦言