この記事は日経ビジネス電子版に『モデルナのワクチン「流行前にほぼ完成」驚速開発支える逆算の発明術』(3月3日)などとして配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3月7日号に掲載するものです。

新型コロナウイルスのワクチン開発を約1カ月半で終え、世界にその名をとどろかせた。好機をつかんだだけのように映るが、成功は偶然ではない。 「勝利の方程式」があらかじめ組み込まれていた。その内容を説き明かす。

カナダとワクチン製造施設建設で合意し、会見を開いたモデルナのバンセルCEO(最高経営責任者、右)(写真=AP/アフロ)
カナダとワクチン製造施設建設で合意し、会見を開いたモデルナのバンセルCEO(最高経営責任者、右)(写真=AP/アフロ)

 「メッセンジャーRNA(mRNA)はライフサイエンス業界にIT(情報技術)革命をもたらす画期的技術。手書きからパソコンに変わるくらいインパクトがある」。米モデルナCEO(最高経営責任者)のステファン・バンセル氏は、興奮気味にこう話す。

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を受け、米マサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置く小さなバイオベンチャーは、世界にその名をとどろかせた。

 現在の姿だけを見れば、2010年の設立からたった11年で売上高184億ドル(21年通期実績)の大企業へと変身した「シンデレラ」に映る。だが実際は、たまたま現れたチャンスをつかんだのではない。成功は設立前から組み込まれていたものだ。

 背景にあるのは、誰でも再現可能とされる「革新を生む方程式」。モデルナはこれによって生み出された最初の成功事例だ。方程式を見ていく前にまずモデルナがどんな革命を起こそうとしているかを見ていこう。

mRNAは「創薬の工業化」

 これまでのワクチン開発は、ウイルスを増殖してニワトリの卵の中に注入してつくるアナログの手法が用いられてきた。一つひとつ手作りなので、新しいウイルスが登場するたびに長い開発期間が必要だった。通常、普及までに5~6年、臨床試験(治験)まででも1年以上はかかる。

 一方のmRNAはデジタルだ。体の中の細胞が特定のたんぱく質をつくるのに必要な、いわば「デジタルコード」で、4種類の化学物質が鎖状につらなっている。これを体内に入れると、細胞がコードに従ってせっせとたんぱく質をつくる。同社のワクチンでは、ウイルス表面にあるイガイガの突起をコードによって体内でつくらせる。すると体が抗体をつくる。無害化したウイルスの突起のみなのでワクチンで感染することはない。

 このコード(化学物質の羅列)を書き換えるだけで欲しいたんぱく質を自在につくれるため、開発期間を短くできる。同社の新型コロナワクチンの場合、治験まで約1カ月半、普及に1年弱でこぎ着けた。

 バンセル氏は一連の仕組みをスマートフォンに例えてみせた。mRNAを細胞に届ける仕組みが「スマホ」。これさえ完成すれば、あとはウイルスの種類によって「アプリケーション」をつくって搭載すればいい。デジタルなので簡単にアップデートできるため、季節や地域ごとに登場する変異に合わせて素早く対応できる。

モデルナのラボではmRNAを用いたワクチン以外の治療法の研究も進む(写真=モデルナ提供)
モデルナのラボではmRNAを用いたワクチン以外の治療法の研究も進む(写真=モデルナ提供)

 現在は予防や治療に関連する44のアプリの開発が進行中で、今後18カ月間でさらに40を追加するという。新型コロナ流行前の19年時点でも20あった。つまり、パンデミック勃発時には「準備が整いすぎているくらい整っていた」(モデルナ共同創業者のヌーバー・アフェヤン氏)のだ。

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