北海道の北端に、東京都区部の住民と並ぶ平均所得を誇る村がある。ホタテ漁が盛んな猿払村。水産業を基幹とするライバルの市町村民の収入を大きく上回る理由は、豊かな漁場があるというだけではない。漁協の公平な分配や高齢の組合員を支える一貫した取り組みが、長期にわたって地域を活性化している。



青いオホーツク海に面した海岸線が33kmも続く北海道の猿払(さるふつ)村。7月中旬に訪れると、浜鬼志別漁港には沿岸で取れた大量のホタテを積んだ漁船が朝から次々と入ってきた。水揚げされたホタテはトラックに積み込み、村内をはじめとする加工場に運ぶ。ホタテ漁がピークとなる6月から10月ごろの港は活気にあふれている。
日本最北の村である猿払村は人口約2700人。総面積590km2は村としては全国で2番目に広い。全域の約8割は山林や原野で、手つかずの自然が残る。
主力産業は酪農、そして漁業だ。どこにでもあるようにみえる静かな村だが、村民の平均所得が突出して高いことで知られる。

高所得の理由は国内有数の漁獲量を誇るホタテ漁にある。サイズが大きく、品質がよい北海道のホタテは国内での人気に加え、半分ほどを冷凍品や干し貝柱などとして中国を中心に輸出する。代表的な産地の1つである猿払村は、ホタテ漁の村民が高所得を得ており、海に近い住宅エリアには豪華なカラオケ室やシアタールームを備えた「ホタテ御殿」が立ち並ぶ。
●市区町村別の平均所得ランキング(2020年度)

2020年度の自治体別の1人当たり所得ランキングで猿払村は12位。東京の港区や千代田区、兵庫県芦屋市など富裕層が多い自治体が並ぶ中、猿払村は品川区や国立市を上回る。10位にランクインした川内村(福島県)はこの年に一部の株売却があった。14位の忍野村(山梨県)は高収益企業のファナックが本社を置き、社員が多く住むことが理由だ。猿払村は地場産業によって上位20位入りする唯一の自治体。これでもコロナ禍でホタテの輸出が激減して順位を下げており、ホタテ価格が上昇した年は3位に入ったこともある。
組合員は自ら船に乗る
村内を歩くと、過疎化に苦しむ全国の自治体とは対照的な光景が目に入ってきた。子どもの姿が目立つ。年少人口(0~14歳)比率は全国平均を上回り、合計特殊出生率(20年)は全国平均1.34に対し、猿払村は2.21。4、5人の子どもがいる家庭も珍しくない。村は子どもが病院に行く際の送迎や村内一律1回300円の高齢者向け福祉タクシーといったサービスを整えている。「子育てから介護まで取り組み、ゆりかごから墓場まで住み続けてもらう村づくりをしている」(伊藤浩一村長)
猿払村の前浜は宗谷岬からの速い潮流でプランクトンが豊富なうえ、海底は小砂利で、ホタテの生育に適している。それでも過去からずっと「稼ぐ村」だったわけではない。「一昔前まで『貧乏見たけりゃ、猿払へ行きな』と言われる貧しい村だった」と猿払村漁業協同組合の新家利光常勤監事は振り返る。
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