アナログレコードが息を吹き返した。デジタルの流れに翻弄された10年前が信じられないほどの活況だ。レコード盤からプレーヤー、そして匠の技の針までも、世界中から引き合いが殺到している。アナログ品に忘れられていた価値が宿る。ものづくりの現場がどん底から復活に至る奮闘を取材した。

<span class="fontBold">レコード店には幅広い年齢層の客が訪れる(HMV record shop 渋谷、左)。レコードのラッカー盤に音源を吹き込むSMEグループの技術者(右)</span>
レコード店には幅広い年齢層の客が訪れる(HMV record shop 渋谷、左)。レコードのラッカー盤に音源を吹き込むSMEグループの技術者(右)

 ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)グループが都内に持つ音楽スタジオ。マスターと呼ばれる録音されたアーティストの音源がレコードの赤ちゃんのような段階の「ラッカー盤」に吹き込まれていく。カッティングと呼ばれる工程だ。

 サファイア製のカッターを使い、レコード針の振動に対応する溝を円盤に彫っていく。通電するとカッターヘッドが揺れ、渦巻き状の溝ができる。音が電気信号に変換されて入力されていく。折からのレコードブームを受けて、カッティング工程は1カ月待ちの状態が続いている。

 「アナログレコードを成長分野と捉え直す」。SMEグループは2018年、29年ぶりにレコード盤の一貫生産を復活させた。ラッカー盤から型を取り、プレス成形してレコードとして量産する大井川プロダクションセンター(静岡県焼津市)は今、連日のフル稼働。足元の生産量は18年に比べ3倍に膨れ上がり、「増産投資の検討に入った」(SMEグループ)という。

 一貫生産に先立ち、溝を彫るカッティングを再開したが、マシンをつくるメーカーは既になくなっていた。米国のレコーディングスタジオで行き場を失った中古品があると聞きつけるや一目散に購入。プレス機も18年前に設備廃棄しており、2台を新たに購入した。

 カッティングの技能継承も途絶えていたため、名匠がいる米国・ロサンゼルスに社員を送り込んだ。マイケル・ジャクソンなど数々の名盤に腕を振るったバーニー・グランドマン氏。音質・音量を忠実に再現するノウハウを徹底的にたたき込んでもらった。

 SMEのアナログレコード専門レーベル「GREAT TRACKS」の記念すべき第1弾レコードは、同氏にカッティング製作を依頼し、日本に送ってもらったほど。教えを請うたSMEグループの社員は目下、弟子を育成中だ。

 製造現場は、かつてとは異なる技も求められているという。新譜を吹き込むほかに、CDの音をレコードに再現したり、過去の旧作レコードの音を新品レコードに入れ替えたりするカッティング技能がその都度、必要になる。それぞれ勘所は違うとあって、「アナログな職人芸が多様化している」(ソニー・ミュージックダイレクト制作グループの村井英樹氏)という。

生き残ったアジア最大工場

 音楽業界がレコードブームに沸いている。生産枚数は09年を底に少しずつ回復。20年こそコロナ禍で落ち込んだものの、19年は約122万枚と6年連続で前年を上回った。初めてレコードに触れる20~30代から60~70代の往年のアナログファン、果ては外国人まで、「幅広い層から支持を得ている」(日本レコード協会)。16年に立ち上げたSMEのGREAT TRACKSのタイトル数は6月末で202に達した。

デジタル時代でもレコード市場は右肩上がりだ
●国内のレコード生産枚数と音楽配信売上高、日本レコード協会まとめ
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 アジア最大のレコード工場──。こううたわれる工場を操業するのが1959年設立の老舗、東洋化成(東京・港)だ。横浜市鶴見区の末広工場も、SMEと同様にフル稼働に沸く。

<span class="fontBold">東洋化成は1980年代、CDの台頭を受けても生産を止めなかった</span>
東洋化成は1980年代、CDの台頭を受けても生産を止めなかった

 80年代にはCDの波にのまれ、注文がみるみる落ちていったが、一度も生産を止めたことがない。創業者の故・萩原重治氏が「レコード店がある限りやめない」と踏みとどまった。

 2009年には年産10万枚のどん底に沈んだが、低迷期はCDやDVDのジャケット、歌詞カードの印刷で食いつないだ。10年代にはアップルミュージックなど定額制のデジタル音楽配信サービスが次々と勃興。再び市場を奪われる危機に見舞われかけたところに降ってわいたグローバル規模でのレコード熱。時代は見捨てなかった。

 東洋化成の役回りは流通にも及ぶ。ワーナーミュージック・ジャパンやユニバーサルミュージックなど大手レーベルから製造を請け負い、HMVなどのレコード店に卸す。メーカーでありながら小売店とミュージシャンの間に立つ独自のポジションを持ち、レコード業界のハブとして大規模イベントも手掛ける。

 その一つが「レコードストアデー」。米国を起点とする世界23カ国の国際イベントで、東洋化成は日本の運営を任されている。全国300店のレコードショップや約40社のレーベルを束ねるのは、東洋化成しかできない裏方稼業だ。

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