この記事は日経ビジネス電子版に『混迷ミャンマー(1)やまない軍政の弾圧と恐怖 追われる人々』(6月7日)として配信した記事などを再編集して雑誌『日経ビジネス』6月14日号に掲載するものです。

国軍によるクーデターを機に大混乱に陥り、経済の先行きも不透明になったミャンマー。最後のフロンティア」に期待をかけて進出した日本企業は、身動きが取れずにいる。日和見をいつまでも続けることはできない。いずれ厳しい判断を求められる時が来る。

 今年4月のある晩、ミャンマーの首都ネピドーに住むミン・ナイン・ウー氏(仮名)はテレビのニュースにくぎ付けになった。自分の名前と顔写真が映し出され、軍事政権が指名手配したと報じていたからだ。

 2月1日のクーデターで全権を掌握したミャンマー国軍は、これまでに少なくとも800人を超える人々を殺害し、4000人以上の人々を拘束した。ミン・ナイン・ウー氏は、SNS(交流サイト)で国軍の暴挙を世界に発信し、CDM(市民不服従運動)を積極的に支援した。これが当局の反感を買ったようだ。

ヤンゴンで3月に起きたデモの様子。国軍の弾圧を背景にデモは沈静化しつつある。(写真=Getty Images)

 拘束されれば命の危険がある。「逮捕者は『尋問センター』と呼ばれる場所に連行され、ひどい仕打ちを受ける」。民主派勢力が結成した「挙国一致政府(NUG)」のアウン・ミョウ・ミン人権担当大臣もこう指摘する。

 ミン・ナイン・ウー氏はネピドーからの脱出を決意し、有力少数民族の影響下にある地域に向かった。追跡を逃れるため、幾度も車を乗り換えなければならなかった。少数民族武装勢力と国軍との戦闘が間近で勃発したこともあった。「銃弾の音が絶え間なく響き、至近距離で手りゅう弾や地雷が爆発する。生きた心地がしなかった」と同氏は振り返る。

 国軍は民主派勢力を支持する少数民族の町や村に砲弾を打ち込み、空爆にまで踏み切った。「襲撃を受けていない村にも国軍の戦闘機やドローンが毎日のようにやって来る。住民はジャングルに逃げ込まざるを得ない」(少数民族関係者)。都市から逃れた人々も含め、どれほどの人が難民となることを強いられているのか。実体の把握は難しいが、タイ国境に近い東部カイン州周辺だけで7万人以上の避難民が発生しているようだ。

クーデター後、多くの難民が発生した。数万人がジャングルでの避難生活を強いられている。(写真=カレン・ピース・サポート・ネットワーク提供)

恐怖がもたらした一時の平穏

 一方、ネピドーやマンダレー、ヤンゴンといった都市部は少しずつ平穏を取り戻していった。「この調子でいけば経済も近く元通りになる」。日本企業の関係者の中にはこう楽観する向きもある。ただ抵抗運動が沈静化したのは、「目立った動きをすれば殺される」という恐怖が浸透したからにすぎず、「国軍への怨嗟(えんさ)の声は今も満ちている」(ヤンゴン在住者)。

 実際、ヤンゴンでは爆発や銃撃事件が頻発するようになった。現地報道によると、最近では民間施設も狙われるようになっている。NUGは国軍の弾圧から人々を守るため「国民防衛隊(People’s Defense Force)」を発足させた。国軍の弾圧を受け都市部を逃れた人々の一部は、少数民族武装勢力から軍事的な訓練を受けている。「ジャングルでの生き延び方に加えて、国軍に『反撃』するすべも伝えている」。ある少数民族武装勢力の幹部はこう話す。訓練を受けた人の一部が都市部に戻り、過激な行動に出る恐れはある。「近く反国軍勢力が一斉蜂起する」。都市部に住む人々の間にはこんな噂も駆け巡る。

 現金不足も深刻だ。ATMには長蛇の列ができ、企業は一部を除きブローカーを通じて現金を調達せざるを得ない状況になっている。法外な手数料を取られるため「商売をすればするほど赤字になる」とある中小企業関係者はこぼす。以前は4000チャット程度だった鶏1羽が今では6000チャットするなど物価上昇も顕著だ。

現金不足が深刻化し、ATMには長蛇の列ができる(写真=ロイター/アフロ)

 経済の見通しは不透明だ。海外からの投資が滞ることが避けられない。「国軍系企業を中心に据え、中国やロシアなど親和的な国に頼りつつ天然資源や農産物を切り売りして外貨を稼ぐことになる」(日本政府関係者)。先行きの不透明を受けてアジア開発銀行は4月、ミャンマーの2022年の経済成長見通しを示すことを見送った。

 米国や欧州連合(EU)は国軍に厳しい態度で臨んでおり、既に国軍関係者や企業に制裁を科した。ノルウェーの通信大手テレノールは巨額の減損損失を計上してミャンマー事業の価値をゼロにし、その上で人権尊重を軍政に求めた。5月に入ると仏トタルと米シェブロンがガス事業で軍政への支払いの一部を停止すると発表している。

 一方、400社以上が進出する日本企業の大半は身動きが取れずにおり、日本政府も軍政に厳しい姿勢を取ることを避けてきた。

スズキやヤクルトは工場停止

 5月中旬の段階で、スズキやヤクルト本社などの大手工場は生産を停止しており、建設工事なども止まっている。人件費など固定費は垂れ流しで早く事業を再開したいという思いが現場にはあるが、下手に動けない事情がある。

 大きな懸念材料の一つが、軍政の経営への介入だ。これを象徴する出来事が、日本とミャンマー両国の官民で共同開発され、日本企業が多く進出するティラワ経済特区(SEZ)で起きた。ミャンマー政府はSEZの管理委員会を通じ開発会社の10%の株式を保有する。アウン・サン・スー・チー政権の経済分野のキーパーソンでもあった委員長はクーデターで国軍に拘束された。

続きを読む 2/3 官民一体進出のツケ

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