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世界で株主利益の最大化に偏った資本主義を見直す動きが広がっている。行き過ぎた株主資本主義が格差を広げているとの批判が出ているためだ。日本では法務省の会議が1回だけで消えるなど、立ち遅れているのが実情だ。

2020年9月、法務省で危機管理会社法制会議が開かれたが……(写真=西村 尚己/アフロ)

 「全てのステークホルダー(利害関係者)が実現できた豊かさと夢の総和こそ企業の価値だ」

 2020年9月9日、法務省で開かれた第1回危機管理会社法制会議(原丈人代表委員)。住友商事元社長の岡素之特別顧問は、国内企業は従業員など株主以外の利害関係者をもっと重視すべきと訴えた。この会議では、岡氏以外からも株主の利益を重視する米国型の株主資本主義の正当性を疑問視する声が相次いだ。

 同会議は、新型コロナウイルスの感染拡大で国内企業の経営環境が厳しくなる中、企業が中長期で持続的に成長するための制度の在り方を議論する目的で設立された。大学教授や民間企業経営者などがメンバーとして顔をそろえた。「日本企業の努力による富(利益)が配当という形で外資に食われっぱなしになっている」「ガバナンス(企業統治)について、最近は会社法をどうすべきかの議論がなく、原則・指針(ガバナンス・コード)の話ばかり。ハードロー(法律)に不熱心な国にソフトロー(原則)を語る資格はない」などの意見が出て、会社法の改正を訴える声も上がった。併せて、当面月1回程度の頻度で会議を開催する方針が決まった。

消えた法務省の会議

 ところが、安倍晋三前首相が体調不良で退陣すると事態は急変した。菅義偉新政権の下で森雅子前法務相から上川陽子法相に代わると、危機管理会社法制会議の開催は立ち消えになった。

 その理由について、法務省関係者は「会議は前大臣が主導したものであり、現大臣になって方針が変わったため。今のところ第2回を開く予定はない」と説明する。省内の専門家会議が初回でなくなるのは「特殊なケース」(法務省関係者)だ。

 関係者によると、前大臣が率先して会議を開いて法改正につながる議論を進めようとしたことに不満を持った守旧派が「まずは自民党内で議論してからの話。省内でいきなり議論すべきことではない」と手続き上の問題を主張し、“白紙”となったようだ。

 世界では今、米国型の株主資本主義を修正しようという動きが活発になっている。「ステークホルダー資本主義」「公益資本主義」などと呼ばれる考え方を取り入れようという動きだ。

 大きな転機となったのが19年8月に開かれた米主要企業の経営者団体の会合、ビジネス・ラウンドテーブルで出された声明文だ。従業員、顧客、取引先、地域社会、株主などすべての利害関係者に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組むことを表明し、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)やアマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEOなど181人が賛同して署名した。

 団体は1997年から「企業の第一の目的は所有者(株主)に対する経済的利益の創出」と声明文に明記していた。それだけに「世界の経済史の歴史的転換点」と世間も驚いた。連邦会社法のない米国では、主要企業が参加する経済団体の声明は、法源の一つになるほど権威があるとされる。

 2020年1月に開かれた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)でも、行き過ぎた株主重視から「ステークホルダー資本主義」に移行すべきだとの議論が沸き起こった。多くの産業界に影響力を持つ世界最大の資産運用会社、米ブラックロックのラリー・フィンクCEOも近年、「企業は財務的に優れた成果を上げるだけではなく、社会のためにどう貢献するかを示さなければならない」と行き過ぎた株主資本主義を批判する立場を取る。

 こうしたイデオロギーの変化の背景にあるのは、貧富の格差の拡大や環境問題の顕在化だ。環境についてはESG(環境・社会・企業統治)投資や、SDGs(持続可能な開発目標)投資の高まりを受け、企業側の意識が変わりつつある。

 格差の問題についても、SDGsなどの観点から、企業が積極的に対応すべきだという考えが広がってきている。会社は株主のものとする株主資本主義では、資金力のある富裕層が利益を上げた企業から多くの配当を吸い上げ、さらに富を増やすことができる。その結果、民主主義を支える存在といえる中間所得層が相対的に没落し、所得格差などに不満を持った人たちによるデモなど社会の分断が起きている。

 1970年代以降の米国の資本主義の底流には、ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンが提唱した「企業の社会的責任は利益を最大化すること」などを核とする新自由主義的な考え方がある。この考えはやがて、株主価値の最大化を優先すべきとの理論に発展。こうした考えは企業の成長と国内総生産(GDP)の増大につながり、米国経済の発展に寄与した。一方で近年の所得格差を生み、それが現在の社会問題につながった側面もある。

 マーケティングの父である米ノースウエスタン大学経営大学院のフィリップ・コトラー名誉教授は日経ビジネスの取材に対し、「適切な所得分配をするうえでフリードマンが掲げた資本主義には致命的な欠陥がある。雇用を増やせば、人々がより幸せになるかどうかについて全く考察していない」などと語り、GDPの増加が人々の幸せだとする一方的な見方を疑問視している。

公益資本主義は社会貢献を重視
●株主資本主義と公益資本主義の比較
(写真=左:ロイター/アフロ、右:AP/アフロ)