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米国とハイテク覇権争いを繰り広げる中国が外国から貪欲に先端技術を吸収している。日本企業の元社員が盗み出した社外秘の資料まで入手し、科学技術大国を目指す。京都の電子部品メーカーが被害に遭った産業スパイ事件に迫り、教訓を学ぶ。

企業秘密をライバル企業などに渡す裏切り行為が後を絶たない。そのほとんどがライバル企業に転職直前の社員などによる内部犯行だ(写真=PIXTA)

 矢崎隆三氏(仮名)の人生は、40代半ばにして暗転した。

 京都府警の捜査員から「不正競争防止法違反の容疑で逮捕する」と告げられたのは2019年6月5日のことだ。当時、京都の電子部品メーカーNISSHA(ニッシャ)を退職し、中国企業で働いていた。逮捕は一時帰国中の出来事であった。「優秀な技術者」(関係者)として電機業界を順調に渡り歩いていただけに、突然のことに目の前が真っ暗になったに違いない。

 京都府警はNISSHAの技術情報を手土産に中国企業に転職した「産業スパイ」行為を疑う。矢崎氏は取り調べで「確かに技術情報をコピーしたが、不正に利益を得る目的はなかった」と反論するも、聞き入れられなかった。

 逮捕から1年余り。矢崎氏は20年8月6日、被告人として京都地裁で初公判に臨んでいた。

 本人をよく知るNISSHAの渡辺亘取締役は、本誌の取材に応じて、「トラブルを起こすような人物には見えなかった」と肩を落とした。そして「今回の取材を通じて当社が受けた被害を広く知ってもらい、教訓を残すことで産業界に貢献したい」と続けた。

中国製造2025掲げ技術吸収

 日本企業から設計図や顧客名簿などの営業秘密が不正に持ち出される不正競争防止法違反事件が相次いでいる。「営業秘密」とは、一般に入手できないよう社内でしっかりと管理されているなど、一定の要件を満たした企業秘密を指す法律用語である。

 日本企業から漏洩した営業秘密は通常、国内にとどまることが多い。社員が退職後に国内で立ち上げる予定の事業に生かしたり、転職先である国内企業で業務に役立てたりするケースがほとんどだ。

 ところが近年、急速に懸念が広がっているのが、中国への営業秘密の持ち出しだ。特に先端技術に関する営業秘密の流出に警戒感が高まっている。

 中国政府はハイテク産業振興策「中国製造2025」を推進するなどして、AI(人工知能)や半導体、バイオなど先端技術分野で米国と激しい「ハイテク覇権」争いを繰り広げる。その一環で、官民を挙げて日米欧などの外国企業から技術を貪欲に吸収している。それは企業買収や技術提携といった正当な手段に限らない。中国には外国から盗み出された技術情報を基に発展を遂げようとする企業が存在する。

 海外への技術流出は国内よりも深刻だ。先端技術の海外流出が続けば相対的に日本の国際競争力が低下する恐れがあるからだ。そのため日本政府は国外での使用を目的に営業秘密を不正に持ち出した場合、重罰となるよう15年に不正競争防止法を改正した。

日経ビジネス2020年10月12日号 42~46ページより目次