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新型コロナウイルスの感染拡大により、自由な移動や人と会うことが制限されてきた。だが、不便や制約があるからこそ、見えてくる新たな価値もある。オンラインツアーから出張代行まで、コロナがビジネスの芽を育む土壌となっている。

 「オンラインのバスツアーにご参加くださいましてありがとうございます」

 8月上旬の午前10時。ツアー前にメールで送られてきたビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」のアドレスをクリックすると、パソコン画面の中でガイドの山本紗希氏が明るくあいさつした。1時間半の“バスツアー”がオンライン上で始まった。

諦めていた客にもアプローチ

 このサービスは香川県琴平町のバスツアー会社、琴平バスが5月から実施している。この日は関東から九州まで、幅広い地域から8人が参加した。ツアーの目的は、島根県浜田市での伝統芸能「石見神楽」の鑑賞だ。神楽そのものは録画したもの。ただ、神楽の行われる神社とは中継で結び、地元の旅行会社がその場の様子を解説した。道の駅からも中継し、特産品を紹介。参加者から質問が飛んだ。

琴平バスのオンラインツアーでは画面で「石見神楽」の様子を鑑賞
現地からの中継も交えてオンラインのツアー客を歓迎する

 ツアーの2日前、地酒や浜田市の特産品である魚介の練り製品「あかてん」がクール便で参加者宅に到着。ツアー当日はおいしい食べ方を説明した。静岡県から参加した男性は「オンラインでもこんなに楽しいなんて」と声を弾ませた。

 琴平バスは3月初旬に「リアル」のツアーを休止した。「バスツアーは3密の極みになりかねない」(山本氏)と自粛の考えも強かった。旅行関連の業界は、国内の5月の宿泊者数が前年同月比85%減の779万人泊になるなど、コロナ禍で壊滅的な打撃を受けた。

宿泊者数は大きく減少している
●国内の延べ宿泊者数
出所:観光庁宿泊旅行統計調査より
(写真=アフロ)

 執行役員でもある山本氏は、オンラインでバーを開く事例などがあると聞いて、ツアーでもできるのではないかと思い立ち、取引のある旅行会社を呼んで試した。最初は散々な評価だったが、中継を入れたり、特産品を参加者に送ったりと内容を練り直していった。

 琴平バスはオンラインツアーを始めてみて、リアルのツアーとは違う客層、ニーズがあることに気づいた。

 当初は、これまでに琴平バスのツアーに参加したことのあるリピーター客の利用を考えていたが、想定よりも需要の幅は広かった。同社の通常のバスツアー参加者の平均年齢は63歳だったが、オンラインツアーは8月末時点で平均48歳となっており、15歳も若い。オンラインに慣れ親しんだ若年層の参加が増えたからだ。

 下は0歳から上は90歳までと幅広い参加者がいる。中には、米国と日本に住んでいる家族が一緒に参加するケースがある。「一生、旅行にいけないと思っていた」などという車椅子の利用者や、外出の難しい高齢者とその家族が参加することもある。

 山本氏は「旅行を諦めていたような人たちにツアーが新しい価値として受け入れられていくと思う」と語る。

 オンラインツアーは4980円(税込み)でリアルの3分の1の価格だ。8月末までの申込者数は累計773人となった。リアルのツアーを再開した7~8月は、オンラインツアーの参加者がリアルより4割近く多かった。山本さんは「リアルとは別のツアーとして育てたい」と話す。

日経ビジネス2020年9月14日号 46~50ページより目次