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「政府の財布」は変わらず

 「1990年代はバブル崩壊後の不良債権問題などもあり、建設や不動産、銀行などの力も低下した。2000年代は、その苦境から脱出するため既存産業に新規参入で活を入れたり、新産業を興したりする対策が求められた」(UBS証券日本経済担当チーフエコノミスト、青木大樹)。そのために規制緩和が必要になったのだ。

 そしてもう一つは、米国からの“圧力”である。「米国では、1990年代に投資銀行などの金融業が成長し、その巨大マネーの投資先を海外で広げたかった。また世界から米国への投資を増やし経常赤字を埋め合わせる必要もあった。それを加速するには、規制による世界のカベが低い方がいい」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌)からだ。

 こうした規制緩和の底流にあるのは「新自由主義」と呼ばれる考え方だった。国家の公共サービスを抑制する一方、大胆な規制緩和で民間の参入・競争を促し、市場原理に基づいた経済発展を重視する思想である。特に2000年代はIT(情報技術)の進化で、グローバルなヒト・モノ・カネの移動は飛躍的に活発になった。その動きを妨げる規制を残すと、世界経済の発展についていけないという考えも出てきた。

 だが、新自由主義の下で進められた規制緩和は、ビルの容積率緩和など一部で実を結んだ一方、さほど成果の出なかったものも少なくない。