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長年にわたって迷走してきた日本の年金政策。2000年代に大きな改革に踏み切ったが、その前提は甘かった。楽観と政治の圧力。現実を直視しない改革が禍根を残した。

 埼玉県西部の小さな町に暮らす平野正寿・明子(仮名)夫婦は、それぞれ81歳と79歳になった今もなお、自宅の一部を店舗にした理髪店を営んでいる。

 「働かないと食べていけないからね。仕方ないんだよ」と正寿は苦笑する。夫婦の生活を支える柱は、2人合わせても手取りで10万円足らずの公的年金。これでは生活できないから、まだ理髪店を続けているが、加齢とともに低下する体力と相談しながらだから店を開くのは週に2日ほど。客は、その営業日に来てくれる昔からのおなじみだけだ。売り上げは月に5万円ほどにしかならないけれども、その分を足すことで「ようやく何とかなっている」と明子。だからやめるわけにはいかない。

 高血圧など持病の治療のため、毎月2万5000円の通院費がかかるほか、理髪店のはさみやシャンプーなどの経費も必要だから生活はぎりぎりだ。今後、どちらかが先に亡くなって年金が1人分だけの半額になったら、病気で店を続けられなくなったら……、そんなことが日々頭をよぎる。「数年前には、国の改革で年金額が減った。不安な気持ちを抱えながら生きている」と正寿は淡々と胸の内を明かす。

「100年安心」と自賛したが……

2003年6月16日号
特集は「年金が会社を壊す」。景気の悪化による運用難などで、企業年金を中心に危機に追い込まれる年金の実情をまとめた。

 老後の生活を支える公的年金。少子高齢化によって制度の持続性に疑問が指摘されてきた。2000年代に入ってからはとりわけ話題になることが増えた。

 「ご迷惑をおかけしました」。04年に謝罪会見で頭を下げたのは女優の江角マキコ。社会保険庁(当時)が国民年金の保険料支払いを呼びかけるイメージキャラクターでありながら、自身が過去の一時期納付していなかったことが発覚したためだ。これに先だって、与野党の有力国会議員による保険料未納も相次いで明るみに出ていた。未納が社会問題化していた中で謝罪を余儀なくされた江角には不運でもあった。

 未納に続いて07年には、社保庁が国民の年金加入記録で約5000万件ともいわれる膨大な整理ミスを犯していたことが発覚すると、国民の怒りが爆発。第1次安倍晋三政権は同年の参院選で惨敗を喫した。

 だが、よく知られるこれらの「事件」の裏で、00年代には大きな年金改革も進められてきた。平野が不安材料として挙げた支給の減額も、その改革の一つがもたらしたものだった。