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 中国経済に詳しい東京大学教授の丸川知雄は言う。「(改革・開放を打ち出した当時の)中国政府は将来の経済体制の青写真を持っていたわけではなかった」。計画経済を主としながらも国有企業の経営者に一定の自由裁量権限を与えると生産が急激に多くなったことから考え方を変えたのである。

 これが松下のテレビに何を引き起こしたか。価格帯は中国製品の2倍以上ながらも品質の良さで90年代半ば頃まではトップシェアを誇っていた。それが現地企業の生産技術向上と外資を含め乱立したメーカー間の競争で製品価格が下がってくると、松下は次第にシェアを失っていった。中国の経済政策が揺れる中で翻弄されたのである。

 “迷走”する一方で中国は、将来への布石も着実に打っていた。