デザインで「アンチ前例」を浸透

 とはいえ、創業時から遠山氏のビジョンに共鳴するデザイン感度の高い仲間を“この指とまれ”方式で集めてきた、スマイルズのような会社ばかりではない。長い歴史を持ち、デザインに馴染みの薄い社員が多い会社でも、デザインを経営に生かすことはできるのか。参考になるのが、過去10年ほどで社員数を約10分の1に減らすという大改革を断行した寺田倉庫(東京・品川)だ。

<span class="fontBold">寺田倉庫の中野善壽CEOは「コミュニケーションコイン」(右下)を導入。組織は活発化し、「minikura」(左)のほかにも高級ワインセラー(右上)など高付加価値の事業が生まれた</span>(写真=加藤 康)
寺田倉庫の中野善壽CEOは「コミュニケーションコイン」(右下)を導入。組織は活発化し、「minikura」(左)のほかにも高級ワインセラー(右上)など高付加価値の事業が生まれた(写真=加藤 康)

 同社の中野善壽CEO(最高経営責任者)は「経営を数字で考える癖がある」と打ち明ける。デザイン思考を実践するDG TAKANOの高野氏や、そもそもアーティストであるスマイルズの遠山氏とは違うタイプの経営者だ。

 1950年設立の寺田倉庫は、2010年ごろまでは、東京・天王洲を本拠地としてトランクルームや文書保管などを主に手掛けていた。しかし、デジタル化など倉庫業を取り巻く環境が変化する中、「場所貸し」がメーンの事業ではもはや成長を見込みにくい。そこで創業家の寺田保信氏により経営陣に招かれたのが、百貨店業界でキャリアを積んできた中野氏だ。

 中野氏は11年の社長就任直後から、既存事業の成長余地を分析し、収益性の低い事業や土地 ・建物の多くを売却。およそ1000人だった社員を100人超にまで減らした。

 ただ、中野氏には、身を切るような構造改革だけでは成長に転じることはできないとの危機感があった。そこで構造改革と並行して取り入れたのが、次なる成長の礎を作る社員の活力を、デザインの力で解き放つ仕組みだ。

 中野氏は、「Excellent!!」「Good Job」と言った文字や、ドクロの絵などが刻印されたコインを社員に配布することを考案。日々の仕事の評価として社員同士が送り合い、獲得したコインの数と種類を賞与に反映させる。遊び心のあるデザインを取り入れたこの制度により、組織は活性化した。

 12年から段階的に開始して以来、寺田倉庫は次々と新規事業を生み出してきた。その一つが、個人が低価格で使える収納サービス「minikura」。預けた荷物をオンラインで確認し、出し入れできる利便性が人気となり、毎年15%のペースで利用者を増やしている。

 「数字は過去の積み上げにすぎない。デザインの役割は社内に『アンチ前例』の文化を浸透させることだ」と中野氏は語る。

「デザイン責任者」を置く

 ここまで見てきたのは、従業員が数百人までの中堅企業の事例だが、大企業でもデザイン重視にかじを切る企業が増えている。転職サイトなどを手掛けるビズリーチ(東京・渋谷)は17年に、デザイナーとして経験を積んできた田中裕一氏を外部から招へい。翌年、CDO(最高デザイン責任者)というポストに任命した。

 09年にサービスを開始した当時、社員数は10人以下だったが、現在は約1300人に増えた。急拡大により組織が変化する中で、サービスの使い心地を徹底的に追求する姿勢が全社に行き届かないという課題を抱えていた。

 田中氏は、「創業期は経営と現場の距離が近く、デザイナーは製品の使い勝手を改善することに集中できる。しかし組織の規模が大きくなると、経営と現場を橋渡しする役目が重要になる」と語る。それがCDOだ。

 田中氏は自ら率いる「デザイン本部」の下に、全社横断でデザイン活用を推進する「デザイン戦略推進室」を設置。新規事業開発や顧客開拓など、異なる専門性を持ったデザイナーを8人ほど抱え、社内の様々なプロジェクトに参加させている。その活動は、顧客の潜在的なニーズを掘り起こしたり、プロジェクトの理念を明確化してブランド構築を助けたりと幅広い。

 取材に参加した編集会議メンバーからは、「コンサルタントの仕事に似ている」(石川裕樹氏)との声が上がった。しかし田中氏は、「コンサルタントは市場を分析して戦略を作るが、我々デザイナーは顧客に向き合うことでビジネスの起点を見つけ、その発見を経営につなぐのが仕事」と説明する。

 空調機大手のダイキン工業でも同様の動きがある。ビズリーチとの違いは、社内だけではなく、社外の力も生かして組織の活性化を目指していることだ。

 同社は15年、大阪府摂津市の研究開発拠点「テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)」に、西日本の数カ所に散らばっていたデザイン部門を集約した。そこで重視しているのが、新製品のアイデアや試作品を、世界的なデザイン関連イベントに出展することだ。外部のデザイナーなどの反応を持ち帰り、潜在的なニーズにより合致する製品を開発することが狙いである。

 日本企業の中ではデザインに定評があるソニーもまた、ここにきてデザインの役割を再強化している。その一つが、ダイキンと同様に社外の意見を製品開発に生かすことだ。8年ぶりに昨年から世界的なデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」に出展を再開。ソニークリエイティブセンター長の長谷川豊氏は、「デザイナーとエンジニアが一緒に反応を確かめている」と明かす。

事業部を横断してデザインの力を活用
●ビズリーチのデザイン本部の組織と業務範囲
事業部を横断してデザインの力を活用<br> <small>●ビズリーチのデザイン本部の組織と業務範囲</small>
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<span class="fontBold">ビズリーチでCDO(最高デザイン責任者)を務める田中裕一氏は、入社から2年弱の間に社内のデザイナー組織を再編した</span>(写真=加藤 康)
ビズリーチでCDO(最高デザイン責任者)を務める田中裕一氏は、入社から2年弱の間に社内のデザイナー組織を再編した(写真=加藤 康)

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