まずは「デザイン思考」を実践

 最初に訪れたのは、最大95%も節水できる革新的なノズルを発明し、飲食店などに販売しているDG TAKANO(東京・台東)だ。

 「『デザイン経営』という考え方をどう思うか」──。オープン編集会議メンバーたちが同社の高野雅彰社長に疑問を投げかけると、「デザイン思考」の話になった。デザイン思考とは、優秀なデザイナーが製品やサービスを生み出す思考法を体系化し、普通のビジネスパーソンでも実践できるようにしたもの。米スタンフォード大学などが開発して欧米企業に急速に浸透した。

 DG TAKANOの本業は、実はデザイン思考のコンサルティングだ。節水ノズルは、高野氏自身がデザイン思考を実践する中から生み出された。

 高野氏によれば、デザイン思考とは①本質的な課題をつかむ②本来あるべき姿を考える③課題を解決するために行動する──という3つのステップを繰り返すこと。特に重要なのが、③の「行動力」だという。

 「デザイン経営は、課題解決の手段」(Takramの田川氏)と言われる。だが、多くの日本企業は課題を正確に見抜く以前に、そのための行動すら起こせていないというのが高野氏の見立てだ。そこで高野氏は、デザイン思考の研修を企業向けに開催する際、「とにかくまずやってみて、常識にとらわれずに仮説・検証のプロセスを回せるようになる」という訓練を徹底する。

 ただ、個人が勝手に行動すると、組織としてまとまりに欠けてしまうリスクがある。社員数15人程度のDG TAKANOのような小集団なら、会社の方向性を共有するのは容易かもしれないが、そうでない場合はどうするか。そのヒントを探りに、スマイルズ(東京・目黒)という会社を訪れた。

規模拡大より共感を広げる

 スープ専門店「スープストックトーキョー」などを展開する同社は、三菱商事の社員だった遠山正道氏が社内ベンチャーとして2000年に創業した。子供の頃から絵を描き続け、アートへの造詣が深い遠山氏が、経営で重視するのもデザインである。

<span class="fontBold">スマイルズの遠山正道社長は「スープストックトーキョー」(中央)の従業員一人ひとりにも事業を「自分ごと」として考えるよう求める。2005年には事業計画を「スマイルズのある1日」という絵(右)で表現するなど、社員の感性に訴える経営手法を用いる</span>(写真=加藤 康)
スマイルズの遠山正道社長は「スープストックトーキョー」(中央)の従業員一人ひとりにも事業を「自分ごと」として考えるよう求める。2005年には事業計画を「スマイルズのある1日」という絵(右)で表現するなど、社員の感性に訴える経営手法を用いる(写真=加藤 康)

 DG TAKANOが「課題の発見」からイノベーションを目指すのと同様に、スマイルズでは社員一人ひとりの「やりたいこと」に徹底的にこだわる。それは遠山氏自身が、「女性が温かいスープを飲んでいるイメージがふと頭に浮かび、自分で事業をやりたくなった」ことが創業のきっかけだからだ。

 遠山氏が個人の動機を重視するのは、「ビジネスは困難なことだらけだが、『自分はどうしてこれをやっているのか』に立ち戻れば乗り切れる」からだ。そして、自分自身が働く意義を見いだせなければ、周囲の同僚からも顧客からも「共感」を得られない。

 この個人的な動機を周囲に伝え、共感を得るために重要なのが、デザインだという。取材に参加したオープン編集会議メンバーの瀧本裕子氏からの「個人の思いをどのように組織に浸透させているのか」という質問に対し、遠山氏は「イメージを言葉やデザインに落とし込むことが大切」と答えた。

 実際、遠山氏が創業時、三菱商事幹部を説得するために作成した事業計画書の柱は、頭に思い浮かんだイメージをそのまま文章にした「スープのある一日」という物語だった。05年には、「生活価値の拡充」というビジョンを「スマイルズのある1日」という1枚の絵で表現している。これらは、約300人の従業員が事業の原点を理解するためのバイブル的な存在になっている。

 遠山氏は「モノがあふれる今、規模の追求を目指しても私たちは頑張れない。デザインは、客数×単価といった数字をベースに規模を追う従来の経営へのアンチテーゼになる」と言い切る。

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