バブル崩壊が直撃した1990年代、日本経済が変質した時代でもあった。金融機関は10年にわたって不良債権処理に手間取り、経済を冷やした。背景には政策ミスと見込み違い。実体経済の弱体化にもつながった。
「出店は必ず実現します」
大手百貨店、そごう(現・そごう・西武)の会長、水島広雄が東京都墨田区役所を訪れ、区長の奥山澄雄に見得を切るように宣言したのは1995年9月のことだった。
そごうといえば、内外で約40店を展開し、当時国内最大級の百貨店だった。その頃、墨田区のJR錦糸町駅北口で進んでいた再開発事業でも核店舗として出店する予定になっていたが、93年ごろから突然態度を変えていた。再開発組合への負担金を計100億円滞納し、95年2月には事業からの撤退を墨田区に通知する事態となった。
それから7カ月。水島が区長との会談で再び態度を一転させ、やはり出店すると言い出したのだ。
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