7月の参院選北海道選挙区で立憲民主党から出馬し、自民党候補と接戦の末、落選。かつて政治資金規制法違反で有罪となり、一からの出直しを図ったが、届かなかった。立憲は比例代表で惨敗を喫し、「党として解党的出直しが必要だ」と語る。

[元衆院議員]
石川知裕氏
1973年北海道足寄町生まれ。早稲田大学商学部卒。小沢一郎衆院議員秘書を経て、衆院議員を3期務めた。政治資金規正法違反で有罪判決を受け、2013年に議員辞職。法政大学大学院政治学研究科に進学し、16年修了。

 立憲民主党が日本維新の会に比例代表の得票数で負けるという非常に厳しい逆風が吹くなか、善戦はできたと考えています。北海道の立憲候補は、私を含め2人で戦いました。自民候補2人、立憲候補1人が当選し、結果的に私は4番手となり、落選しましたが、3番手の自民候補とは約2万4000票差の接戦となりました。勝てる勝負を落としてしまったことは不徳の致すところであり、支援者に申し訳なく思っております。

 出馬にあたっては、立憲候補の票が割れて「共倒れしかねない」との慎重な声も出ましたが、組織内の士気を高めるのが自分の役割だと考え、「負けたら政治家を引退」と背水の陣で臨みました。ただ、結果として今回の改選期で立憲は2議席から1議席に減らしてしまいました。

7月の参院選北海道選挙区で4番手となり、敗戦の弁を述べる石川知裕氏(左)(写真=毎日新聞社/アフロ)
7月の参院選北海道選挙区で4番手となり、敗戦の弁を述べる石川知裕氏(左)(写真=毎日新聞社/アフロ)

 主な敗因は3つあると思います。

 まず、2021年12月に立憲の鉢呂吉雄参院議員が今回の参院選への不出馬を表明し、立憲の北海道総支部連合会は後継候補を公募しました。選ばれたのが私でしたが、立憲は同じ旧民主党の流れをくむ国民民主党と共同で推薦することも検討していました。党が公認するのか、無所属で立憲と国民民主の推薦候補となるのか。そのことで、もたつきました。敗因の2割ほどは、そうした調整の遅れにあると考えています。

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