10年前に一度閉館し、復活した兵庫県のミニシアターが8月末にいったん休館する。新型コロナウイルス禍や動画配信のサービスに押され、赤字が恒常化していた。迎えた2度目の経営危機。新たな運営者のもとで事業の継続を探る。

[豊岡劇場代表]
石橋秀彦氏
1969年兵庫県豊岡市生まれ。中学卒業後、北アイルランドに留学。英国の大学や大学院で芸術を学び、ロンドンで作家活動後、帰国。2008年、東京・渋谷の映画館「ユーロスペース」で北アイルランド映画祭を主催。石橋設計代表。

 兵庫県北部で唯一の映画館「豊岡劇場」(豊劇、兵庫県豊岡市)は8月末に休館することになりました。私自身、豊岡で生まれ育ち、小学校時代から通っていた思い出の場所です。

 2012年に一度閉館したときは、何とか息を吹き返したいと14年に石橋設計が中心となり復活させました。しかし、その後も赤字は恒常化。ハンバーグ屋の飲食業と不動産業で補い、何とか運営してきましたが、コロナ禍のほかスマートフォンでも視聴できる動画コンテンツの普及という環境要因も相まって、今後続けるのは厳しいと判断しました。幸いにも後継に名乗りを上げてくれた人がいます。非営利団体として事業を継続していく方向で模索中です。

かつては芝居小屋

大衆文化のシンボルとして兵庫県豊岡市で親しまれてきた。
大衆文化のシンボルとして兵庫県豊岡市で親しまれてきた。

 豊劇は1927年に芝居小屋として始まりました。戦時中は軍の医薬品倉庫として使われたこともありますが、社交ダンスの場などへ変貌を遂げ、戦後、2ホールを構え映画にフォーカスする今の姿になりました。

 建物は昭和初期に建てられた近代建築のまま残っています。174席の大ホールと50席の小ホールで、ロビーはバーとして憩いの場にもなっています。

 2012年、最初に閉鎖した経緯は、兵庫県内のシネマコンプレックスに押されて収益が圧迫されたことにありました。上映のデジタル化のための新規投資ができず、それまで運営してきた前オーナーが閉館を決め、85年の運営期間に幕を閉じたのです。豊劇は資金不足によって映写機器やスクリーンがフィルム専用でした。新作があっても、配給会社がデジタルデータしか持っていなければ上映できません。豊岡市内にはかつて5~6つの映画館がありましたが、このタイミングでなくなってしまった例もあったようです。

石橋氏らは14年、ロビーなどを昔の面影を残しつつ再生させた
石橋氏らは14年、ロビーなどを昔の面影を残しつつ再生させた

 私が現在代表を務める石橋設計が携わる形で、再び映画館に灯がともったのが14年。豊劇新生プロジェクトと名付け、内装をリノベーションし、映画にとどまらないクリエーターの集う拠点をつくりたい、とスタートさせました。再生に当たってはクラウドファンディングを活用しました。地元の方に丁寧に説明し、目標の1.4倍となる270万円の資金を手にして、さらに補助金も受け取って何とか再生にこぎ着けました。

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