東京都心の小さなフランス語書籍の専門店が、ひっそりと幕を閉じた。戦後日本の仏語教育を支えてきたが、新型コロナウイルス禍が打撃となった。大学などの授業や教材が電子化し、書籍の需要が蒸発。中期的な仏語離れも原因という。

[欧明社代表取締役]
奥山由紀夫氏
1952年東京都生まれ。大学生だった21歳で父から店を引き継ぐ。フランス文化の発信に貢献したとして、2012年にフランス政府から芸術文化勲章を授与された。フランス出版協会からは日本で「認定証」を授与された。

 2022年2月末でフランス語書籍の専門店「欧明社」を閉めました。父親が事業をスタートしたのが終戦直後の1947年ですから、75年の歴史に幕を閉じたことになります。閉店の理由は端的に言ってしまえば経営不振ですが、幾つかの逆風が重なったと思います。

 店舗での売り上げはもともと多くはなく、収益の柱は大学など教育機関で使う教材です。販売拠点として、東京都千代田区の本社に加え、語学学校のアテネ・フランセとアンスティチュ・フランセ東京(旧・東京日仏学院)にも支店がありました(ともに21年閉店)。教育機関には年に数回の新学期があり、そのたびに書籍が売れる。大きな大学の仏語講座になれば、一度に300~400冊売れることもありました。販売の機会はそれなりにあったのです。

教材の電子化が逆風に

 これが新型コロナウイルスの感染拡大によって売れなくなりました。授業が対面ではなくオンライン化してリモートとなり、教材は授業のたびに講師がオンラインで配布するなど電子化が進んだ結果、手元で学習するために紙の教材を買う学生が減ってしまったのです。

 コロナ禍で物流が混乱したことも影響しました。通常は航空便を使っていますが、便数の縮小で、仏から3カ月近くも本の入荷が途絶えることがありました。

 閉店の直接のきっかけはコロナ禍でしたが、仏語学習のニーズそのものは15年くらい前から減少していたように感じます。かつてであれば、大学の仏文科や英文科はとても人気があった。ただ、将来の仕事につながるかどうか分かりませんから、今の学生にとっては意欲が高まらないのかもしれません。

 国際連合など国際機関を志したり、仏だけでなくアフリカに関わる仕事を目指したりするような場合は重要な言語ですが、そういう人は少数派。今や、休暇に旅行で仏に行くとしても現地では英語で通じます。私が知る限り教育機関での仏語の講義は減っており、講義があっても読み書きより会話に重点を置く傾向があるようで、教材の売れ行きにはネガティブに影響しています。

 そもそも教材は1冊3000円を超えるものもあり、決して安くはありません。こうした結果として、約20年前のピーク時に2億2000万円ほどあった年商が大幅に減りました。コロナ禍で外出を減らしたり、オンラインの電子書籍で済ませたりという習慣が一度ついてしまうと、客足が戻るかどうか分かりません。状況を色々と考慮し、店を閉める決断に至りました。

 矛盾するようですが、閉店を決めた今となっては「うまくやめられた」という思いがあるのも事実です。私たちのような自営業は、自転車操業になりがちです。経営不振に陥った同業他者が、巻き返しのために在庫を増やした結果、さらに借り入れが増えて苦しくなった例も見聞きしてきました。

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