北海道の地域紙「羽幌タイムス」が2021年11月で廃刊となった。「言うべきことは言う」紙面づくりは地元の評価も高かった。1人で新聞をつくってきたが、家族が体調を壊したことなどをきっかけに75年の歴史に幕を閉じた。

(写真=船戸 俊一)
(写真=船戸 俊一)
[羽幌タイムス前社長]
茶谷文範氏
1950年北海道生まれ。羽幌高校卒業後、一時上京した後、父の経営するスーパーで働く。90年に父のもう一つの事業だった羽幌タイムスに入社。2002年に経営を引き継ぐ。記者から印刷、配達の一部も手掛けていたが、廃刊に至った。

 北海道の羽幌町などで発行してきた「羽幌タイムス」は2021年11月に廃刊し、75年の歴史に幕を閉じました。私は経営者であると同時に新聞づくりを1人で担ってきました。関わった人に感謝すると同時にこれも時代の流れだと捉えています。

 羽幌町は北海道北部の日本海に面したところにあります。羽幌タイムスは第2次世界大戦後の1946年に羽幌町の有志によって創刊。引き継いだ人からその後、私の父が会社を買い取り経営者になりました。発行エリアは羽幌町のほか、隣接する苫前町、初山別村の2町1村。新聞紙サイズの両面印刷で2ページの新聞を水、金、日曜日の週3日発行し、議会や行政の課題、地元の歴史や話題などを扱ってきました。

新聞紙サイズで週3回の発行だった
新聞紙サイズで週3回の発行だった

 私が羽幌タイムスに入ったのは90年のことです。父は羽幌町でスーパーも経営していて、私は高校卒業後、東京で一時過ごした後、羽幌に戻って父のスーパーで働きました。スーパーは支店を出したこともありましたが、88年ごろに連帯保証の問題から継続できなくなりました。私はもう一つの事業である羽幌タイムスに移りました。

 私は当時40歳。それまで新聞社で働いたことはなく、初めてのことばかりでした。それでも当時2人いた記者のことは知っており、2人のサポートで比較的スムーズに記者生活を始められました。印刷工程も担当する社員から教えてもらいました。

執筆や印刷、たった1人で

 入った頃、羽幌町の人口は1万人を超えていました。広告は集まり経営は順調でしたが、その後、人口減少が進むと町の商店街が厳しくなり、状況が変わりました。社外からの注文も受けていた印刷部門は仕事が減少。規模を縮小しました。私が兼務する仕事が増えていき、20年ほど前からは記事の執筆や紙面の編集、印刷までを1人でこなすようになりました。配達はアルバイトを使いましたが、町の中心から離れた世帯の一部は自分が配りました。父からは2002年に経営を引き継ぎました。

執筆から印刷までを1人で手掛けた(写真=船戸 俊一)
執筆から印刷までを1人で手掛けた(写真=船戸 俊一)