東京・柴又の老舗料亭「川甚」が今年1月末、230年余りの歴史に幕を閉じた。地域住民だけでなく文豪や映画人ら多くの人々に愛されてきた名店。閉店はコロナのせいではないと強調する半面、「備えが少なかった」と吐露する。

[川甚前社長]
天宮一輝氏
1951年東京都生まれ。学習院大学法学部卒業後の74年に川甚で勤務を始める。88年、先代である父親が不慮の病に倒れ、37歳で8代目社長に。 川甚は、映画「男はつらいよ」の記念すべき第1作の舞台としても知られる。

 当店はコイやウナギなどの川魚料理をお出しする料亭です。歴史を遡ると、寛政2(1790)年には、現在の江戸川のほとりに店を構えていたようです。

 店名は江戸川と初代甚左エ門からきています。当時は水上交通が盛んで、船で行き交う方々に江戸川でとれた食事を出したり、泊まっていただいたり。そうした船宿が始まりでした。

多くの文豪に愛された店

<span class="fontBold">多くの文豪や著名人に愛された川甚。今後、土地と建物は葛飾区が管理することになるという(上)。コイやウナギなどの川魚料理を出してきた(右)</span>
多くの文豪や著名人に愛された川甚。今後、土地と建物は葛飾区が管理することになるという(上)。コイやウナギなどの川魚料理を出してきた(右)

 ありがたいことに、文豪から著名人まで様々な方々に愛されてきました。例えば、尾崎士郎先生の『人生劇場 青春篇』は川甚が舞台で、晩年までずっとおいでいただいていました。三島由紀夫先生も女優の杉村春子さんと一緒にお見えになったことがあります。

 映画「男はつらいよ」1作目のさくらの結婚披露宴で、タコ社長がバイクで突っ込んでくるシーンの撮影なども昨日のことのように覚えています。短いシーンなのにものすごい時間をかけて何回も何回も撮影する山田洋次監督は本当に職人さんだなと感心しました。

 祖父や曾祖父の時代はすごく学生さんを大事にしたそうです。「偉くなってお金使えるようになってから遊びに来なよ」と。大学のボートの艇庫が近くにあったので海に出た後、うちの店でどんちゃん騒ぎをしていたとか。「おじいさんには本当にお世話になったよ」と声をかけてくださるお客様も多かった。川甚が、幅広い方々の集まる場になっていたのは本当にありがたいことです。

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