「ヒラマツカメラ」の名前で親しまれた北海道の老舗カメラ店が6月20日、営業を終了した。一時は地域に10店舗を構えたが、デジタル化など時代の波にはあらがえなかった。ここ10年は赤字経営が続き、多角化も試した。だが継続は難しかった。

[カメラの平松代表取締役]
平松崇史氏
1959年北海道生まれ。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)での東京、青森、仙台での勤務を経て1987年、父が戦後創業したカメラの平松に入社。約10年前に3代目社長となる。

 カメラの販売やプリント、スタジオ撮影や出張撮影を手掛けてきました。伊達市、室蘭市の両市内に多いときには10店舗出店してきましたが、ここ10年は赤字が続き、20年1月期はびっくりするような赤字。コロナ下の補助金でなんとか補えたような状況です。地域への使命感などを支えに経営を続けてきましたが、これ以上、損を出すことはできません。6月20日に最後の店舗を閉めました。

<span class="fontBold">閉店した店舗。デジタル化の波にはあらがえず、75年の歴史に幕を閉じる</span>
閉店した店舗。デジタル化の波にはあらがえず、75年の歴史に幕を閉じる

 カメラの平松は戦後1946年創業。東京から北海道に来た父・清吉が、写真業界につてがあったこともあり、伊達市網代町に開業しました。創業当時の写真を見ると掘っ立て小屋みたいな大きさですが、看板はモダンでなんだかおしゃれです。

 伊達市は人口3万3000人の小さい町です。網代町から今の場所に移転したのは1994年。私はカメラの平松を引き継ぐことを前提に最初キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)に勤め、87年にヒラマツに入社しました。2代目の義兄から私が社長を引き継いだのは約10年前です。

熱気を帯びていた80年代

 入社した1987年は、かつてのミノルタやキヤノンがオートフォーカスの一眼レフカメラで市場を席巻し、爆発的に売れていたころです。東北でキヤノンの営業をしていた時にはカメラの確保が全く追いつきませんでした。

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