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沖縄の食卓には欠かせない赤黄箸が存続の危機に陥った。生産を依頼していた製造元が廃業。職人の高齢化にコスト高が追い打ちをかけた。沖縄文化のシンボルをなんとか存続させようと、試行錯誤を続ける。

[カネナガ商事代表]
田川 信次氏

1977年生まれ。台北の中国文化大学を卒業後、ホテル日航那覇グランドキャッスル(現在のダブルツリーbyヒルトン那覇首里城)や中華航空で勤務。2004年に家業を継いだ。祖父の出身地である台湾産の茶葉や日用品などを幅広く扱う。

SUMMARY

赤黄箸、存続の危機の概要

沖縄県内のみならず、全国の沖縄料理店で親しまれてきた赤黄箸。琉球紅型(びんがた)を思わせる赤と黄色のコントラストが印象的なこの箸だが、生産を一手に担っていた鹿児島県の製造所の廃業で存続の危機に陥った。沖縄文化のシンボルの一つが失われようとする事態に、県民からは動揺の声も。なんとか存続させようと、試行錯誤する毎日を送る。

 県内で長年親しまれてきた赤黄箸の製造依頼先が廃業し、商品の安定供給を危うくしたことを大変申し訳なく思っています。県民や全国の沖縄料理店主の皆さんからたくさんの驚きの声を頂く中で、改めて卸元としての責任を強く感じています。

 赤と黄の配色が特徴的なこの箸は戦前から沖縄で使われています。当時は県内の小規模な業者が細々と生産していたようですが、先代である父が60年ほど前に鹿児島県薩摩川内市の「中西竹材工業」に製造を依頼し、生産が拡大しました。その後、年がたつにつれて、シェアの大半をうちの商品が占めるようになりました。

正式な商品名は「竹塗箸」。沖縄そばをはじめ沖縄料理の名脇役として愛用されてきた。価格は10膳で300円と庶民的で、以前は月に2000~3000膳が売れていた

 沖縄で使う箸をなぜ鹿児島で作るのか。疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。沖縄では竹があまり採れない上に、採れても県内産の竹は厚みがなく竹細工には向きません。そこで竹の一大産地で竹細工も盛んな九州に生産をお願いしたんです。