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7月に行われた参議院議員選挙で、徳川家として縁の深い静岡選挙区に出馬し、落選した。「反改憲」と「脱原発」を訴え続けた戦いだったが、組織票を固めきれなかった。徳川家が旧幕府軍として戦った戊辰戦争から150年。国政への返り咲きはならなかった。

[徳川記念財団副理事長]
徳川家広氏

1965年東京都生まれ。慶応義塾大学卒業、米ミシガン大で経済学修士号を取得。国連食糧農業機関のローマ本部とハノイ支部で勤務後、米コロンビア大で政治学を修めた。帰国後は翻訳家、評論家として活動。長崎大学の客員教授も兼ねる。

SUMMARY

徳川宗家19代、落選の概要

7月の参議院議員選挙、静岡選挙区に立候補した徳川家広氏は2位までの当選圏内に入れず落選した。選挙戦が深まるにつれ、競っていた榛葉賀津也氏との差が開いた。徳川宗家19代目の家広氏が、政治家を志して臨んだ最初の選挙。くしくも戊辰戦争から150年に当たる2019年の戦いには敗れたが、初陣で30万票を獲得し、今後に希望をつなぐ。

 今年7月の参議院議員選挙で静岡選挙区に立憲民主党から出馬しました。30万1895票の得票を頂きましたが、当選に14万票ほど及ばず、3位で落選しました。応援していただいた県民や関係者の方のご期待に応えられず、大変申し訳なかったと思っています。

 当初は2番手の候補と競っていましたが、最終局面で差をつけられました。選挙では一貫して「反改憲」と「脱原発」を訴えました。いずれも得票に結びつきにくい主張であり、政権批判です。政権与党からすると私は鬱陶しい存在だったでしょうし、選挙戦も「対政権」という形になりました。

 憲法を変えようとしている人たちの目的は突き詰めれば第9条の改訂です。日本の憲法を変えるのに周辺国の顔色を見る必要はないという主張がありますが、国際関係の中にあるから国なのです。米国が頼りにならないので日本が独自に軍事大国を目指すといった取られ方をされれば、結果的に、日本の安全・安心が損なわれてしまいます。

 一方の脱原発ですが、大きな地震が必ず来るといわれる静岡県には浜岡原子力発電所があります。県民にとって原発の問題は非常に重要です。ただ、原発関係者と対立する形ではうまくいきません。それぞれが協力しながら脱原発に持っていく必要があります。

 なぜ自民党からの出馬ではなかったのかとよく聞かれます。徳川家だと保守的だから自民党、といった印象なのでしょうか。ただ、安倍晋三首相は「憲法改正は自民党の立党以来の党是」と言います。その日本国憲法は、私の曽祖父の徳川家正が貴族院議長として帝国議会で成立させたものです。

 それでも以前の自民党は様々な意見を受け入れる「ガバナンス政党」でした。今は「イデオロギー政党」です。たとえ公認を頂いても、言えることの幅が狭い。反改憲、脱原発をはっきり言えないのでは、いくら選挙に有利でも意味がないと思いました。

静岡市にある駿府城公園の徳川家康像の前で、立憲民主党の蓮舫氏(左から3人目)らとともに勝ちどきを上げる徳川家広氏。選挙戦前半は善戦したが、最終局面では大きく差を開けられた(写真=朝日新聞社)
日経ビジネス2019年11月4日号 80~81ページより目次