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補助金なしに採算取れない事業

 そもそも当社が那覇~粟国路線に参入したのは09年のことでした。琉球エアーコミューター(RAC)が撤退した路線だったのですが、私の知人が「RACの機体を使えば補助金がなくても採算は取れる」と助言をくれたので、当時の西川昌伸社長に参入を提案したのです。空撮事業などだけでは今後の先行きも明るくないだろうということで、新規事業に参入することになりました。

 当社が路線事業に参入したのはこれが初めてです。お金と労力はかかりましたが、こういう事業もできるようになったという高揚感で社内は盛り上がりました。撮影や遊覧だけではなく、沖縄で路線を持っている会社ということで知名度やイメージが高まり、採用もしやすくなりました。

 でも高い授業料を払うことになりました。結局、もうかるどころか1日たりとも赤字から抜け出すことはできませんでした。仮に事故がなくてもずっと赤字だったのです。結局は補助金がなければとても成り立たない事業だったということです。これまでの累積赤字額は10億円を超えていると思います。今振り返れば、最初のところで私がだまされたのでしょう。その責任は大いに感じています。

 でも最大の被害者は粟国村の人々ではないでしょうか。我々も独自に村民にアンケートをとりました。すると路線存続を求める声が6~7割ありました。航空運賃はどうしても船賃より高くなってしまうのですが、生活路線としてやはり必要だ、という声が多かったのです。ニーズは確実にあったのです。ですから今も補助金さえきちんと保証されれば、我々は運航できるのです。機体だっていつでも飛べるようにきちんと整備できています。

 今思えば、沖縄県の対応はあまりにも場当たり的でしたし、言うことがコロコロ変わりました。そもそも最初は希望する補助金の額を言うよう求められ、「後で増えたら結果的に困るから最大限の数字を」と言われたので3億3000万円と提出したら、「粟国村の負担が大きすぎて払えない。県として認められるのは2億5000万円まで」と言われました。

 そして話し合いをしているうちに今度は「それも払えない」と言い始めたので、いったいいくらなら払ってくれるのかと聞くと「1億円台」と言われました。ですから我々は最終的に1億8000万円まで金額をディスカウントして提示したのです。すると今度は「もう金額の問題ではない。第一航空は外せ、ほかの航空会社を探そうということになっている」と言われました。

 でも他社でやるところなどないと思います。仮に他社が今から新規参入の準備をしたら、5億円や6億円の費用がかかるでしょう。そのお金は沖縄県が出すのですか、と聞いてみたいです。

 我々は沖縄県の指導のもと、きちんと対応してきたつもりです。これまでの沖縄県とのこうしたやりとりも、議事録に残しています。

訴訟が終わるまで責任を全う

 今後も補助金があって利益が出るのであれば、路線事業に興味はあります。でもそんな路線はもうないでしょうね。仮にあったら既に大手が手掛けているでしょう。今後は当社としても売り上げに見合った人員の配置をしていかないといけません。もともとの主要事業の撮影などが減っているという意味では人員が過大になりつつありますが、半面、働き方改革などで今の人材で回るのか不透明な部分もあるのです。ひとまず一つひとつ、事業の見直しをしていかなければいけないと思っています。

 数字上は会社に損を与える格好になってしまったので、責任は感じています。この訴訟をひとまずきちんと片付けることが、今の私に課せられた使命だと思っています。

 (編集部注:今回の事案を担当する沖縄県企画部交通政策課は『損害賠償請求の棄却を求め全面的に争う。原告は県が施策を変更したというが、変更したという事実はない。具体的な事実関係については係争中のためコメントできないが、裁判の中で明らかにしていく』と主張している。6月21日には第1回の口頭弁論が行われたが、両者の主張は平行線のままだ)

日経ビジネス2019年8月12日号 86~87ページより目次