全2927文字

立ち退き交渉の遅れに激怒し、市役所職員を「あほちゃうか」と罵倒したことが発覚。2月に辞任した。3月の出直し選挙で圧勝したが、「職員に暴言を働いたことの責任はいつまでも消えない」と話す。子育て重視の政策が評価され、人口増が進む明石市。市役所の風土改革も、泉氏の課題となる。

[明石市長]
泉 房穂氏

1963年生まれ。東京大学教育学部を卒業後、NHKに入局。退職後に弁護士試験に合格し、2003年から05年まで衆院議員を務めた。11年の市長選を69票の僅差で制し明石市長に。19年4月の統一地方選は無投票で4選を果たした。

SUMMARY

暴言で辞任の概要

2017年6月に遅れていた道路拡張工事の立ち退き交渉を巡って市役所職員に対し「あほちゃうか。火をつけて捕まってこい。燃やしてしまえ」と暴言を浴びせていたことが19年1月の報道で発覚した。これを受け泉氏は2月に辞職。3月の市長選挙に改めて出馬し、投票者の7割の票を得て当選した。現在は若手職員との懇親会を開くなど、風土改革にも取り組む。

 職員に発した暴言が原因で、今年2月に明石市長を辞職しました。3月の出直し選挙で圧勝したこともあり、4月の統一地方選に伴う市長選は無投票での4選となりましたが、私の暴言が許されたとは到底思っておりません。繰り返さないのは当然で、健全な組織や風土をつくっていくことが暴言を吐いてしまった私の責任だと思います。

 暴言の詳細は、正直なところ覚えていませんでした。「早くしろ、できないなら私が行く」といった程度の記憶でした。テープを聞いて初めて文言を認識しました。聞くに堪えないものでした。55歳にして自らの欠点に気づき、反省に至るとは情けない限りです。

報道後直ちに辞職した理由

 1月29日に大きな報道が出た後、市役所に苦情の電話が殺到しました。市民が電話してもつながらないのであれば、市役所は仕事になりません。処分は辞職以外にないと考えていたので、できるだけ早く平穏を取り戻す必要があると思い、金曜日の2月1日朝に市議会に辞職願を出しました。

 辞職した後しばらくは明石市から少し離れた場所で過ごしました。家族と後援会には次の選挙には出ないと伝えていました。再挑戦を決めた理由の一つは市民の署名活動です。5000人もの人からメッセージを頂きました。「しっかりとやり遂げろ」というお叱りや「(子育て重視の市政に共感し)おなかの中に2人目の子供がいる」といった言葉がありました。

 私は2011年に市長となって以来「すべての子供を皆で応援するまち」を掲げてきました。明石市では子供の医療費、第2子以降の保育料が無料です。子育て世代が移り住み、市の人口は6年連続で増えています。今は暴言の責任を取り続けながら、明石市の未来への責任を果たすことを考えています。

 報道後、放送された暴言部分は一部を切り取ったものであり、全文を見れば市長は市民を味方する立場から話している、といった記事もありました。ただ、それらの続報により公務員バッシングを招いてしまいました。職員には大変申し訳なく思っています。

 職員に強く当たってしまった原因には苦手意識があります。子供や福祉といった得意分野では職員と情報を共有していましたが、苦手な道路行政については十分ではありませんでした。

日経ビジネス2019年6月10日号 140~141ページより目次