地図大手のゼンリンが、中小企業や地方自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援に手を広げている。低コストで導入できるデータサービスを入り口に、デジタル化の第一歩を踏み出す背中を押す。地域密着で事業を育ててきた基盤を生かす。開拓を進めている長崎市内の事例を追った。

(写真=左:松隈 直樹)
(写真=左:松隈 直樹)
[画像のクリックで拡大表示]

 路面電車やバスが坂を行き交う長崎市。2022年3月から観光型MaaS(マース)のアプリ「STLOCAL(ストローカル)」の運用が始まった。

MaaSのアプリを開発

 15カ所のエリアごとに解説される市内の観光情報を基に、行きたい施設や気になる店舗を目的地として登録すると、マップ上にルートが自動で生成される。乗り換え時間や乗車時間、停車地から目的地までの道案内が表示されるほか、公共交通機関の1日乗車券や観光施設の入場券もまとめて決済が可能。ユーザーは、アプリ一つで観光情報の収集から旅の計画作り、交通機関の検索、電子チケットの購入までできる。

 このアプリを開発・運用しているのは地図大手のゼンリンだ。ルート検索の技術などに、同社のデジタル地図データが生かされている。

 長年、カーナビゲーション用のデジタル地図や、建物名や居住者名が掲載された「住宅地図」など、地図情報の販売を主な事業としてきた。同社は今、データの売り切りから脱し、中小企業や行政にソリューションサービスを提供することを模索している。ストローカルは、そうしたビジネス拡大の一環として取り組む新規事業の一つだ。

 長崎市は市町村別の人口の転出超過数が2年連続で全国ワースト2位。一方で、9月23日には西九州新幹線が開業し、観光需要の回復には大きな期待が集まっている。

 しかし、観光客のニーズを捉えたくても足元の事業が手いっぱいで、準備がままならない中小の事業主が多いことが課題だ。決済やルート検索の機能は目新しいものではないが、そうした「DXの第一歩」さえ踏み出すことが難しい事業者が目立つ。

 長崎市内で路線バスを運行する長崎県営バスは7月、アプリ上で、水族館までの往復乗車券と観覧券のセットチケットの販売を始めた。これまでも観光客向けセットチケットの販売を検討してきたが、紙で印刷されたチケットの在庫管理や、料金改定に合わせた商品の更新など運用面の課題がハードルとなり、踏み切れなかったという。

 長崎県営バス乗合課の岩永哲治係長は「電子チケットによって課題がクリアされ、導入に踏み切れた。決済機能やシステム開発をゼンリンに任せられることもありがたい」と話す。

 ゼンリンがアプリで最終的に提供したい内容は、決済サービスにとどまらない。利用者の交通手段や移動ルートといった情報をデジタル地図上に収集し、観光客の活動を分析。アプリに参加する事業者にデータや分析ツールを提供し、交通課題の洗い出しや、ユーザー動向を基にした観光商品の提案などにつなげることまでを見据えている。

 ただ、そうした価値もまだまだアナログな業務が多い企業には響きにくい。ゼンリンのビジネス企画室MaaS担当の藤尾秀樹部長は「マースで何ができるのか具体的なイメージが湧かない、と事業者に言われることもある。まずは使ってもらうことで、アプリやデータの価値を徐々に共有していけたら」と敷居を低くする重要性を語る。

 ゼンリンは1980年代から地図のデジタル化を進めてきた。紙に印刷した地図帳から、地図ソフトの販売に事業を拡大。90年代以降はカーナビ用地図データの販売を軸に、業績を順調に伸ばしてきた。2023年3月期連結の売上高は前期比2.4%増の605億円、営業利益は12.3%増の30億円を見込む。

 ソフトやデータといった形に商材を進化させたゼンリンが、次に狙っているのがフロー(売り切り)型ビジネスからの転換。その舞台として照準を定めた一つが、DXが進みにくい地方自治体や中小企業だ。

次ページ 地図に顧客データを重ねる