この記事は日経ビジネス電子版で『小田急の象徴ロマンスカーの博物館に「鉄道の素人」UDSの知恵』(9月16日)などとして3回連載した記事を再編集し、雑誌『日経ビジネス』9月27日号に掲載するものです。

東京都・神奈川県が地盤の小田急電鉄は、街づくりを事業改革の焦点の一つに置いている。2015年に商業施設などの企画・運営会社UDSを買収。街に個性を出そうと腐心する。改革の作業は、街を開発するのは小田急だという「上から目線」を排する取り組みでもある。

 神奈川県の中央に位置する小田急電鉄の海老名駅(神奈川県海老名市)。その駅前で、タワーマンションやオフィスから成る開発プロジェクト「ビナガーデンズ」が進んでいる。2026年春までにすべての施設が竣工し、同社の投資額は約322億円に上る。

 海老名駅は1日の平均乗降客数が10万人を超える。自然が多くて住宅の賃料が安い。東京都心の新宿まで小田急小田原線で約50分だが、テレワークの普及で関心が高まっているエリアだ。

ロマンスカーの説明を省く

 27年に開業100周年を迎える小田急。海老名のプロジェクトに、街づくりの改革を巡る考え方が垣間見える。それは沿線の施設や街づくりに個性を持たせるということだ。「ウェルネス」をキーワードに商業、フィットネス、クリニック、スクールなどの施設をそろえ、住みやすい周辺環境と共鳴するような心身両面を豊かにする街づくりを目指す。さらに、個性を持たせる工夫は一つひとつの施設に及ぶ。

 開発エリアの入り口に当たる場所に、一足先の21年4月に開業した鉄道博物館「ロマンスカーミュージアム」。展示の仕方が独特で、他社の博物館と印象が大きく異なる。訪れて感じるのは、圧倒的な車両の存在感だ。その理由として、他と比べ素っ気ないくらいに説明が少ないことに気付く。

<span class="fontBold">小田急電鉄の象徴ともいえるロマンスカーの展示施設を海老名駅前開発の中核に据えた</span>(写真=古立 康三)
小田急電鉄の象徴ともいえるロマンスカーの展示施設を海老名駅前開発の中核に据えた(写真=古立 康三)

 新宿と箱根を結ぶ特急ロマンスカーは小田急の象徴。だが、展示室は車庫をイメージしたもので、デザインは非常に簡素だ。歴史を見せる映像があるが、ナレーションは一切ない。技術を解説するパネルは小さく、目立たない。普通なら、人気の高さや歴史を説明するために詳しいナレーションを流したり、いかに優れた技術を活用してきたか伝えようと車両のところどころに立て看板を置いたりする。

 鉄道模型が走るジオラマショーでは、背景スクリーンやミニチュアの建物へのプロジェクションマッピングを使い、沿線の街並みに視線が集まるようにした。これも鉄道の博物館では珍しい展示手法だ。

 「こんな内容で大丈夫か」。小田急本社の社員から不安の声が上がったこともある。ミュージアムを企画したUDS(東京・渋谷)の山内将生執行役員は「ロマンスカーは自動車で言えばスーパーカー。説明をできるだけ省き、存在感を高めた」と話す。

<span class="fontBold">UDSの山内氏(中)は小田急CSR・広報部の萩本周平氏(左)、山本拓氏(右)と対話しながら、ロマンスカーの博物館を企画した</span>(写真=古立 康三)
UDSの山内氏(中)は小田急CSR・広報部の萩本周平氏(左)、山本拓氏(右)と対話しながら、ロマンスカーの博物館を企画した(写真=古立 康三)

 鉄道好きではない人たちを海老名に呼び込むにはどういった空間づくりが必要なのか。小田急に関心を持ってもらうためには、何を見せるべきなのか。そう考えたとき、よくある説明調の博物館では、会社の自慢をしているだけになりかねない──。ロマンスカーミュージアムから読み取れるのは、小田急が施設の開発や街づくりに個性を生み出していくために、「上から目線」の開発を見直そうとしていることだ。山口氏は「もし今後、来場者から説明が足りないと言われたら、補っていけばいい」と柔軟だ。

 小田急が街づくりの在り方を見直す主因は事業環境の大きな変化にある。

変わらなければ投資が無駄に

 1927年に開業して以来、地盤とする首都圏では似たような街づくりが進み、住民らが違いを感じにくくなった。鉄道会社は人口増加を背景に、郊外に住宅を造り続けた。立派な駅ビルを建てては更新し、グループのスーパーマーケットや全国チェーンの小売店、飲食店を入れる。そうした生活基盤を提供した上で、東京都心で働く人々を鉄道で送り込んだ。

 小田急の場合、悲願ともいえる複々線化工事を2018年に完成させたが、計画されたバブル期とは社会情勢が大きく変化。右肩上がりで沿線人口が増えるという想定は消えた。構想から約50年、工事着手から約30年かけた巨大プロジェクトで、総投資額は約3200億円にもなり、投資回収の道は険しい。

コロナ禍の逆風が吹く中で事業を変革する
●小田急電鉄の業績推移
<span class="fontSizeL">コロナ禍の逆風が吹く中で事業を変革する</span><br><span class="fontSizeS">●小田急電鉄の業績推移</span>

 小田急線の北側には京王電鉄、南側には東急電鉄が並行するように走っている。JPモルガン証券の姫野良太シニアアナリストは「小田急は首都圏の私鉄の中でも特に競争が厳しいエリアを走っている」と指摘する。

 これまで小田急は、他の私鉄と同様、グループの不動産会社や商業施設を通じて沿線開発を進めてきた。しかし、どのグループ企業も業界中位にとどまり、他社と勝負できるほどの実力はないと指摘されてきた。それならば、独自の立ち位置を築き上げていかなければならない。

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