コロナ禍に見舞われた世界の経営者の多くは、社会貢献や公益を意識し、短期の利益主義から距離を置き始めた。日本の素材業界を代表する高収益企業の東レはかねて四半世紀、半世紀といったスパンで研究開発に取り組んでいる。長期戦略が注目を浴びる時代。先駆者といえる大手が長年かけて培ってきた仕組みを取材した。

 4月下旬、東レは主力事業の一角である炭素繊維の価格を2割程度引き上げることを決めた。原料価格の高騰や物流費の上昇で増えたコストを新規契約分に転嫁する。価格を原料費などと連動させる契約をしていない全製品が対象で、値上げは4年ぶりとなる。

 この知らせにサプライチェーンを構成する取引業者は驚いた。足元では炭素繊維の取引が弱含みにみえるからだ。コロナ禍で米ボーイングが787を減産。東レの炭素繊維事業は、売上高の半分を占めていた航空機向け需要の落ち込みで、21年3月期に11期ぶりに赤字に転落した。

コロナ1年、地力はあったか

 それでも値上げできるのは、風力発電機のブレード(羽根)向けの引き合いが一層強くなるとみているため。陸上から洋上へのシフトで設備が大型化しており、軽くて丈夫な炭素繊維に材料を切り替えるケースが増えてきた。

 ワクチンの浸透による航空機需要の回復を待ちながら、FCV(燃料電池車)向けや将来の「空飛ぶクルマ」といったニーズの盛り上がりも見込んでいる。値上げの裏には長いスパンで収支をはじく、東レらしい判断がある。

 東レが炭素繊維の本格研究に着手したのは1961年だった。73年入社の日覺昭廣社長は「会社に入ったばかりのころ、炭素繊維に何か用途はありませんかという社内アンケートが回ってきた」と振り返る。釣りざおやゴルフクラブといった少量の需要で事業を育てながら、念願の航空機に使われるようになったのは2000年代に入ってからだ。

 研究開発の果実を得るのに要した時間は実に半世紀。日覺社長が「超長期の視点を大事にしている」という東レは、息の長い研究開発に取り組み、投資家目線で短期利益を重視する風潮とは一線を画してきた。長期視点に立った研究と開発の戦略が主力製品で将来の需要を生み、コロナ禍での値上げを可能にしている。

 5月13日に発表した22年3月期の連結純利益(国際会計基準)の予想は800億円と前期比75%増える。売上高にあたる売上収益も2兆1200億円と13%増を見込む。コロナ禍の直撃を受けた21年3月期は自動車生産の一時ストップやアパレル需要の減退で減収減益だった。今期は値上げをする炭素繊維事業で赤字幅が縮小するほか、主力品目が軒並み回復し、純利益がコロナ前の19年3月期の水準を取り戻す見込みだ。

「目先」に陥らない仕掛け

 「短期の利益だけを考えて、すぐにものになるものだけに経営資源を集中すると、その時は良くても必ず後でネタが尽きる」。CTO(最高技術責任者)である阿部晃一副社長は強調する。

CTOの指揮下に研究開発機能を集約
●東レの研究開発の組織イメージ図
CTOを務める阿部晃一副社長が、「広義の技術センター」を統括して、研究開発の人員を一手に束ねる(写真=竹井 俊晴)

 東レの長期戦略の要になっているのが、CTOを10年間、務めている阿部氏だ。エンジニアリング部門や研究本部、生産本部の技術関係部署を一手に束ねている。バーチャルな組織として研究開発に関連するすべての部署を「広義の技術センター」と呼び、一体運営。各部署に散らばる研究員が連携して動けるようにしている。「一人のマネジメントの下に広い範囲の研究者を集結させることで、総合力を発揮できる」

 阿部氏の権限は各事業本部の技術担当にも及ぶ。「研究開発の親分は同じ」という意識を全社の研究員に植え付け、繊維やフィルム、水処理技術と、専門がそれぞれ異なる研究員同士が連絡を取り合ったり、協力し合ったりする際の垣根を低くしている。

 一方で組織上は製品をつくって売る事業本部から研究開発の主力部隊が切り離されている格好だ。目先の利益とは少し距離を置いて、研究員が腰を据えて研究テーマに向き合えるように配慮された組織といえる。

2019年に大津市に設置した未来創造研究センター。50年先の課題解決を研究テーマにしている(写真=菅野 勝男)

 4月中旬、大津市にある東レの研究拠点を訪れた。繊維、フィルム、電子情報材料、地球環境、先端材料の5つの研究所が入る建物に掲げられているのは、「未来創造研究センター」というどこかありふれた名称の看板。フリーアドレスのオフィスも特段、目新しいものではない。

続きを読む 2/3 「なあなあ」ではなく「つうかあ」

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