利用時間の調整に奔走

 必要なことは、負荷を最大限減らせるようにシステムを改修するとともに、サービスの安定供給のため利用時間を平準化することだった。そこで全国の営業担当者が、スタディサプリの導入校との利用時間の調整に駆け回った。例えば、同じ都道府県内でも、A地域は宿題の配信を午前8~9時にしてもらう、B地域は同9~10時に実施するようお願いする、といった具合だ。

 この時期は、サーバー容量の不足によってシステム障害を引き起こしたネット関連サービスが教育分野に限らず複数あった。本所高校の大和氏は「スタディサプリはコロナ禍の中でも通常通り使い続けられて安心した」と振り返る。リクルートは安定供給を続けたことで、全国の学校からの信頼を得ていった。

少子化でも開拓の余地

 リクルートは20年春、こうした営業担当者を全国で一気に増員した。人材事業などの社員を移し、4割多い230人程度にした。顧客である高校の教員、生徒が困っている今こそ、手厚い支援の意義を感じてもらえると踏んでいる。

 少子化の逆風が続いていくが、同社は授業動画の配信市場を開拓する余地は大きいと判断している。リクルートの教育サービスを利用している高校のうち、進路情報サービスだけを採用している高校が約1000校ある。同社のサービスを何も利用していない高校も2000校近くある。

 野村総合研究所は、スタディサプリを含め、テクノロジーを通じた教育コンテンツの25年度の市場規模が、19年度に比べて8割増え2340億円まで伸びると見込んでいる。

 スタディサプリの事業はコロナ禍以前の約7年間、先行投資の段階にあったため赤字だった。コロナ禍を経て会員数が2倍になり、黒字転換を果たしたようだ。今後はさらに、スタディサプリと進路情報サービスをセットで販売していく。21年4月、まず進路情報サービスをオンライン化する。その上でスタディサプリとIDを共通化。教員が生徒のスタディサプリの学習成果を踏まえて進路を話し合えるようにするなど、使い勝手を高めるという。

 授業の動画配信という新たな市場を切り開いたリクルート。山口氏は「もっと教育現場の生産性をテクノロジーで高めていくことができるはず」と話す。顧客である学校へのサポートとの両輪で、日本の教育の質を一層高めることを目指している。

 INTERVIEW 
リクルートで教育事業を統括する山口文洋執行役員
テクノロジーで学校の進化を支える

 事業アイデアが生まれた2009年から10年以上、スタディサプリに関わり続けています。リクルートは高校向けに、進路に関する情報を提供するサービスを1970年から手掛けてきました。全国の高校と取引をする中で、2009年ごろはYouTubeやスマートフォンが普及し始めていました。インターネットと動画の技術を組み合わせて使えば、アナログな学習環境を変えるチャンスがあると考えたのがきっかけです。

 教育こそが、人生を変えられる手段です。ただ、良い教育は価格が高いという当たり前の事実が厳然としてありました。圧倒的な低価格で、良質な学習コンテンツを提供できれば世の中に大きなインパクトを与えられるはず──。この熱意を持って予備校で「カリスマ」と評されるような優秀な講師と話をすると、続々とスタディサプリにジョインしてくれました。

 授業を短く区切って動画にする、というような発想は従来の教育業界になかったでしょう。「当たり前」に対して疑いを持って新たに挑戦することができたのは、学習サービスという意味では「よそ者」だったからかもしれません。

 コロナ禍は学校現場のテクノロジーに対する「食わず嫌い」をなくしました。これまでオンラインのツールを使わずに授業も放課後の学習も進められてきましたが、コロナ禍によって影響を受け、学校現場は休校などを余儀なくされました。教育を維持しようと現場が必死になる中で、テクノロジーというものが、簡単に使えて教育を進化させる手段にもなるという感覚を先生や生徒、保護者がある意味、いや応なく実感させられた1年だったのではないでしょうか。

 スタディサプリなどのツールによって、基礎学力の定着は圧倒的に生産性を高めて、一方で空いた時間で今重視され始めている非認知能力や批判的思考、想像力を育んでいく。学校をそんな場にしていきたいです。

 生産性の向上には生徒のモチベーションを高める必要があります。「教える」こと自体は技術によって代替し、教員は生徒の士気を上げたり、非認知能力を高めたりすることをコーディネートする役割に専念できるよう、リクルートとして貢献していきたいと思っています。(談)

日経ビジネス2021年3月29日号 58~62ページより目次

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