新型コロナウイルスで大打撃を受けたホテル業界。アパグループが踏みとどまっている。稼働率は一時、1~2割まで落ち込んだものの、夏場から盛り返し、2020年11月期は黒字を維持した。狭小地の建物に狭い部屋、需給に応じた値付けといった業界の常識にとらわれない経営がコロナ下で功を奏している。
2020年7月に東京都心に開業した「アパホテル<六本木SIX>」。計6棟、1001室の客室を構え、都内有数の規模(写真=竹井 俊晴)
「これは安い」「気分転換に泊まってみるのもいいかも」。新型コロナウイルスに伴う最初の緊急事態宣言が発令されていた2020年5月10日。アパグループのアパホテルはシングル1泊2500円から利用できる「コロナに負けるなキャンペーン」を始めた。6月末までの期間限定で、通常1万円程度になることが多い宿泊費が4分の1。SNSで話題になって集客効果が高まり、10〜20%程度に落ち込んでいた客室稼働率が80%まで上昇した施設もあった。
破格の値段だが、条件を付けている。自社の予約サイトやアプリからしか申し込めない。仲介サイトに払う手数料が不要で利幅が大きくなる自社アプリのダウンロード数は平時に比べ7割増えた。元谷外志雄アパグループ代表はかねてアプリに新規客を呼び込むキャンペーンの時期を探っていた。「2500円で利用したお客さんが今もリピートしてくれている」。コロナを好機と捉えて顧客の囲い込みに成功したと話す。
ビジネスホテル業態は強烈な逆風にさらされている。19年通年で76%だった全国の客室稼働率(観光庁調べ)は20年4月が25%、5月が20%。Go To トラベルに東京を加えた10月に51%まで戻ったものの、年明けからの緊急事態宣言で再び窮地に立たされた。
各社の業績は厳しい。ドーミーインを展開する共立メンテナンスのホテル事業は20年4〜12月期に63億円の営業赤字。藤田観光はワシントンホテルなどのホテル事業で20年12月期通期に136億円の赤字となり、300人の希望退職を募集した。
そのなかで非上場であるアパグループの20年11月期通期の売上高は904億円と前の期に比べ34%減ったものの、最終損益は9億5000万円の黒字を維持した。2500円キャンペーンはアプリを通じた後年度への利益貢献だけでなく、足元でも部屋を遊ばせているよりは効率が良かった。新型コロナの療養宿泊所にも手を挙げ、軽症者を全国の23棟で受け入れている。
テレワークやサテライトオフィスでの働き方が広がる中、仕事場としての利用も促した。複数の部屋で1つだったWi-Fiルーターを1部屋1つに増設し、ネット環境を強化。公式アプリで手続きを済ませておけば、QRコードをかざすだけでチェックインできるシステムを21年5月までに全店に広げるなど、ITによる感染対策も積み重ねている。
アパはIT化にも注力する。ルームキーを専用のチェックアウト箱に返却するとホテルの宿泊管理システムに情報が転送され、部屋の状況を確認できる(写真=竹井 俊晴)
寝転んでできることがある
こうしたいくつもの取り組みにGo Toトラベルが加わり、20年10月の客室稼働率は7割程度と一般的なホテルの採算ラインまで回復。20年11月期の黒字確保につながった。
コロナ下でもがいた成果が出ているが、黒字に導いた根本的な理由は元来の高い利益率にある。19年11月期の営業利益率は26.2%。東横インがコロナの影響を受ける前(19年4~9月期)と比べ7.2ポイント、同じく共立メンテナンスのホテル事業(19年4~12月期)と比べても14.5ポイント高い。コロナ以前から「お客さんが2〜3割減っても赤字にならない」(元谷氏)と言っていたビジネスモデルが機能している。
アパは土地と建物を保有し、利益率が高い
●主なビジネスホテルの比較(利益率はコロナの影響を受けていない直近期)
近年、急成長を遂げてきたアパは全国に597棟を持ち、客室数は8万7700室(フランチャイズや提携ホテルを含む、20年末時点)。コロナ前夜の直営施設の稼働率は90%(19年12月)で、都内はほぼ100%だった。宿泊先を探す人に、立地や値段から決めてもらうだけでは実現できない水準だ。アパを選ぶ「目的買い」の客が欠かせない。多くのホテルとは、客室のつくりも事業モデルも全く異なる常識破りの経営が高い稼働率につながっている。
「伝統的なホテルは供給側の満足を押し付けているだけで、使う人のことを考えていない」。元谷氏は日本のホテルはインバウンド特需などにより、工夫しなくても集客できていたと指摘する。
ビジネスホテルでも一般的な施設は似通っている。14m2ほどの部屋に同じようなサイズのベッド、小型のテレビ。これでも清潔さを保ち、好立地であれば、採算は十分に取れた。
客室は11m2と狭いが、ベッドやテレビは大きくし、快適さを売りにする(写真=竹井 俊晴)
一方、アパの標準客室は11m2ほど。その代わりに快適に眠ったり、寝転びながら仕事をしたりするベッドにこだわった。ベッド幅は標準客室でも140cmとダブルサイズ。米大手ベッドメーカーのシーリーと共同開発した特注品で、身体が沈み込み、深い眠りを得やすいという。ライトやエアコンのスイッチも枕元に集中させている。
1人用の標準客室にも幅140cmのダブルベッドを設置。ベッドは特注品で、身体が沈み込むのが特徴。頭と体の高低差を小さくするため枕はあえて低くする。スーツケースを開けたままベッド下に収納し、引き出しのようにして使うこともできる(写真=竹井 俊晴)
寝転んだ足元には50インチの大型テレビ。「一般的なホテルが32インチ程度だったころから、アパはテレビを大きくしていた」(ホテル評論家の瀧澤信秋氏)。照明も明るく、通常のホテルは机上で700ルクス、ベッド上で120ルクスなのに対し、アパはそれぞれ1300ルクス、500ルクスに設定している。
客室で仕事や勉強がしやすいよう、明るいライトを使用。一般的なホテルの照明がベッド上で120ルクスなのに対して、アパホテルは500ルクス(写真=竹井 俊晴)
東京都心のアパホテルを利用してみた。客室はやはり狭く、寝転がるか、机に備え付けた椅子に座るかしかできない。浴槽やトイレも窮屈だ。それでも大きなベッドは快適で、寝転ぶと大型テレビが目の前にあるため映像が見やすく、迫力がある。Wi-Fiはサクサク通じ、仕事環境も申し分ない。
浴槽は卵型にすることで長方形のものより湯量を20%節約(写真=竹井 俊晴)
アパの部屋作りはビジネスホテルだから必要なサービスに絞り込むという考えだけで終わらせていない。ビジネス客に必要なサービスをより便利にし、とがらせる。「身体から1mは全部豪華にする」とアパ関係者は話す。
テレビは50インチと一般的なホテルのものより一回り大きい。チェックアウトの延長や大浴場の混雑状況なども確認できる (写真=竹井 俊晴)
3万円批判は計算ずく
インバウンドの激増で宿泊施設が潤ったコロナ前夜は他ホテルとの違いは稼働率に表れにくかった。市場がシュリンクした今、ビジネスパーソンを捉えるうえでアパは狭さをむしろ強みにした。「狭いけどテレビが大きい」「狭いけどWi-Fiの使い勝手がいい」。広さを犠牲にしているから、その分の利点があると印象付け、集客につなげている。
アパグループの前身は、元谷氏が1971年に石川県小松市に設立した注文住宅会社。その後、マンション事業にも進出した。ホテル事業は84年に始め、2010年からの10年間で7万室という驚異的なペースで客室を増やした。
地価下落と低金利を背景に出店を重ねた
●アパホテルの客室数の推移
後発のため選んでもらうには知名度を上げる必要もあった。傘下のアパホテル社長を務める妻の元谷芙美子氏は個性的なファッションでメディアに登場しPRに励む。オレンジの看板に黒い壁で外観を統一したのも、店舗を広告塔としてブランドを浸透させるためだ。「マクドナルドやスターバックスのように、ぱっと見て分かるようにした」(デザインを手掛ける辻本達廣氏)
「あんな狭い部屋で3万円なんてあり得ない」。数年前にはインバウンドの激増でホテルの需給がひっ迫し、1泊3万円の値付けをしたことがある。需給に応じ価格を決めるダイナミックプライシングを作動させた結果だった。
3万円は暴利だと消費者から批判を浴びたが、アパは「市場経済の原理原則に基づいている」として取り合わなかった。むしろ狭いのに、価格が高くても泊まる人がいると関心を呼び、逆に閑散期は安いのだろうと連想してサイトを訪れる人を増やす効果を狙った。
攻め一辺倒でいいのか
ダイナミックプライシングは航空会社を参考にして06年から手掛け、ノウハウが蓄積されている。各地の祭りや祝日、人気歌手のコンサートなどの日程を加味して需要をはじく。
価格を頻繁に上げ下げすると買い手がどう動くのかという知見はコロナ下で生きた。「感染状況など条件が近い日を値付けの参考にしている」(ホテル事業本部ネット管理チームの奥村亮リーダー)。緊急事態宣言が明けた20年6月の直営の稼働率は72%と前月比27ポイント増。全国のビジネスホテルの稼働率の伸びは13ポイントだった。
このほかにも稼働率を上げるためにあらゆる手段を尽くしてきた。コロナ禍で各社がこぞって販売を始めたデイユースプランは1997年に取り入れている。日中も客室を利用してもらえば稼働率は上がるが、清掃業務が煩雑になる。業務が担当ごとに分かれているホテル業界の慣行を改め、スタッフが清掃を含めたマルチタスクをこなすことで煩雑なオペレーションを可能にし、デイユースに対応できるようにした。
部屋づくりも値付けもマルチタスクも、ライバルのホテルとはことごとく逆を行く。資産管理も競合と異なり、土地と建物を自社で保有する。多額の資金が必要でリスクは大きいものの地代や家賃の支払いが必要ない。リーマン・ショック後の地価下落と低金利を背景に金融機関から借り入れをしては土地を買い、都心に出店攻勢をかけてきた。
「施工コストは同規模ホテルの3分の1で部屋数は2割多い」。複数のアパホテルの建設に携わった建築家の新居千秋氏はこう証言する。自社で保有するだけにコストには厳しく、「建設中の2棟の浴槽をまとめて発注する」(取引先)などコスト削減のノウハウを持つ。狭小地や変形地であっても、都心の駅前など集客力の高い立地にこだわり、1棟の投資回収期間は約10年と、一般的なホテルの半分以下に抑えた。
こうした低コスト出店により、パンデミック下に新店を出しても採算を維持できるとしている。2025年までに15万室と客室数を現在よりも7割増やす計画。「コロナ禍でホテル業界から撤退する会社、新規参入を断念する会社が出てくる。むしろ拡大のチャンス」と元谷氏は話す。
だが、新型コロナで業界の先行きは不透明になった。アパのホテルは「コンバージョンが難しい」といわれる。変形地で客室が狭いためオフィスや会議室といった別の用途に使いにくく、投資ファンドからは「仮に売りに出ても買わない」という声も上がる。投資回収を終えたホテルはアパがよりどころとする資産だが、リスクもはらんでいる。
19年12月、東京・六本木。半年後に開業を控えたアパホテル六本木SIXの建設現場に元谷代表がいた。照明の明るさから、ユニットバスのタオルかけの高さまで自ら確認する。「元谷代表は水道料金を1円単位まで計算しないと納得しない」(取引先)。77歳の元谷氏への依存はむしろ強まっている。
急拡大のひずみも指摘される。8万7700室のうち3万6500室がフランチャイズや提携などの加盟ホテル。個人経営店を改修し、看板をアパに変えたものも多い。ホテル評論家の瀧澤氏は「東京の新築のアパに慣れた人が地方のアパに行くとがっかりする。統一したブランディングができていない」と話す。支配人など人材の手当ても今後はより重要になる。
他にはないホテルづくりで急成長を導いた元谷氏の経営は、コロナ下でも地力を見せつけた。だが成長を続けるには課題が多いことも浮き彫りになっている。脇目も振らずに突き進んだホテル事業を、立ち止まって見つめ直すべき時期が近づいている。
INTERVIEW
アパグループの元谷外志雄代表に聞く
一流ホテルは伝統にとらわれている
アパグループ創業者、代表。1943年石川県生まれ。71年に注文住宅会社の信金開発を設立。84年にアパホテル1号店をオープン。妻、2人の息子とともに一族でグループを経営する。(写真=竹井 俊晴)
私は旅行が好きで、これまで世界85カ国を訪れました。そこで分かったのは、一流ホテルは使い勝手が悪いということ。そうしたホテルでは、スタッフが荷物を持って客室に連れていって説明をしてくれます。でも説明がないと分からないような部屋を設計するほうが悪い。一流ホテルは伝統にとらわれています。供給側の満足を押し付けているだけで、使う人のことを考えていません。
だからうちは満足を与えるホテルをつくってきました。部屋はコンパクトですが、ベッドもテレビも大きい。ベッドを多目的に使えるよう、部屋も明るくしました。明るい部屋は暗くできますが、暗い照明しかなければそれ以上明るくできませんから。
コロナ禍でも赤字の心配はしていません。過去3年間は毎年350億円程度の営業黒字を計上してきました。そこまではいきませんが、2020年11月期も黒字を計上しています。従業員へのボーナスもちゃんと出します。
だいたい、稼働率が2割、3割減って赤字になるような経営をしているようではダメですよ。私は以前から、ホテル業界の最大のリスクはパンデミックだと社員に言っていました。2番目が戦争です。自然災害は局地的だけれど、感染症は世界中にまん延します。普段からこう言っているものだから、社員も心構えをしていたのでしょう。
アパホテルはインバウンドに依存しないホテル経営をしてきました。インバウンドが活況の時でも、海外のお客さんの比率は抑えていました。大部分が国内需要で、ビジネス客に支えられています。
1984年12月12日に最初のホテルを開業したその日から、キャッシュバック付きの会員システムを始めました。第1号会員は私、2番目はホテル社長です(笑)。累積の会員数は今や1900万人。だいたいのビジネス客はうちの会員です。そうしたヘビーユーザーを大切にしてきました。
忙しいビジネス客にとって、「時は金なり」どころか「Time is Life(時は命なり)」。最寄り駅から3分、5分で行けるアクセスの良い場所にホテルを建ててきました。ホテルは立地産業です。場所が良くて値段もリーズナブルでグレード感もあれば、お客さんのほうから来てくれます。
国内の需要はまだまだ旺盛です。東京が1番の市場ですが、福岡も西の玄関口として需要がある。まんべんなく出店したらダメですが、需要があるところに出せば問題ない。コロナ禍はむしろチャンスだと思っています。最近は異業種からの参入が多く、ライバルも増えていました。コロナ禍で撤退する会社、断念する会社が出てきます。
コロナ禍ではM&Aの案件も出てくるでしょうね。ここ1~2年でチェーンホテルが出てきたら、高くても買えと言っています。(談)
日経ビジネス2021年3月8日号 56~60ページより
目次
この記事はシリーズ「ケーススタディー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?