往時の「ワイガヤ」

 「ユーザーが手を加えられる“余白”を設けておくことが、『自分らしさ』を大切にする今の日本の消費者に訴求する上でも重要だと考えた」。そう語るのは、ホンダモーターサイクルジャパン企画部商品企画課の常松智晴チーフ。

 様々なパーツメーカーを巻き込み、CT125のために約50品目ものカスタムパーツを商品化。既存の市販品を含めれば実に数百種類のパーツやアクセサリーを装着できる。「楽しみ方の主導権」を消費者に委ねるという発想が、日本やタイで受け入れられた。

 「新しい技術やデザインに貪欲に挑戦し、面白がれる、若さや情熱が強み」(箕輪氏)というタイの開発チームの平均年齢は、日本と比べて10歳ほど若いという。何気ない雑談からアイデアや意見の応酬に発展することもしばしば。コロナ以前は、終業後の“飲みニケーション”も日常の光景だった。

 互いに意見をぶつけ合うことで価値の創出につなげる「ワイガヤ」。宗一郎氏が健在だった頃のホンダの原風景が、タイにあった。HRS-TはCT125以外にも、18年に発売した「スーパーカブC125」、同「モンキー125」といった、ホンダを象徴するロングセラーブランドの最新モデルの開発を手掛けてきた。

 定番ブランドの商品力を保つには、本質的な価値を守りながら、時代に合わせてデザインや機能も刷新しなければならない。商品企画を担う日本側と開発を担うタイ側とが密に連携することで、カブやモンキーといった伝統的なモデルに新しい意匠や機能をバランスよく盛り込み、人気を維持してきた。

 もっとも、物理的な距離があり、感性も異なるチームによる共同作業は容易ではない。ともすると新規性に目を奪われがちなタイと、保守に傾きやすい日本。双方の思いがすれ違ったままプロジェクトが動き出してしまうと、後々大きな齟齬(そご)に発展しかねない。そこで、ホンダとHRS-TがCT125の開発に際して取り組んだのが、開発目標を徹底的に議論して、共有することだった。

 「A00」──。ホンダにはそんな社内用語がある。プロジェクトを立ち上げる際に定める「本質的な目標」のことだ。米軍の任務指令書の様式を参考にしたことからこの名がついた。「CT125では従来モデルの価値を『承継』し、現代のバイクとして『再定義』するというコンセプトを明確にした」(二輪事業本部事業企画部商品戦略課の荒川和弥主任)。全体的なスタイルは維持しながら、細部に先進的な意匠を取り入れ、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)やLEDヘッドライトなど新装備も搭載し「現代的なバイクに仕上げた」(サウェスチパン氏)。

大企業病克服のヒント

 何を残し、何を変えるのか。共通認識を持って動き出したことで、CT125の開発期間は一般的なケースの半分に短縮することに成功。コスト圧縮やタイムリーな市場投入が可能になった。

 タイ中心の開発は、いわゆる組織の縦割りなど“大企業病”克服のヒントにもなった。CT125の開発がスピーディーに進んだのは海外で開発したためでもある。「ホンダを象徴するカブの開発となると、社内の多くの関係者から『こうあるべきだ』という様々な意見が噴出する。日本だったら方向性がなかなかまとまらなかったかもしれない」(二輪事業本部長の安部典明常務執行役員)。箕輪氏も「組織が小ぶりなためお互いの顔もよく見え、セクショナリズムに陥らずに済んだ」と振り返る。

 「先進国市場を引っ張るようなブランドが、タイで本当に作れるのか」という慎重な見方は、ホンダ社内にもあったというが、それが杞憂(きゆう)であることを結果で証明した。安部氏は、「タイ発のヒットが、日本の開発現場に刺激を与えた」と語る。

 ホンダの祖業である二輪事業は、20年3月期の営業利益の45%を占める経営の屋台骨だ。ASEANやインドなどの二輪大国の経済の発展とともに事業成長を遂げてきた。実用的な価値だけでなく、市場が成熟するにつれて操ることの楽しさや、ユーザー体験といった「情緒的な価値」が勝負の分かれ目になっていく。作り手自らが仕事を楽しみ、躍動している組織でなければそうした価値は生み出せない。

 長い低成長の時代を歩み、高齢化にも歯止めがかからない日本の組織が「熱量」を保つためには工夫が必要だ。新興市場の人材との二人三脚で実現したCT125のヒットは、そのヒントになりそうだ。