お代わりを勧めるタイミング

 志村氏は、自らが管轄する神奈川県の他店でも発生していたこの課題を解決するため19年夏、「廃棄ロスの原因を毎日徹底追究する」という取り組みを始めた。遠藤氏は、志村氏から毎日の報告を義務付けられ、従業員に聞き込みを開始。「ピーク時に提供した肉の種類の記録を誤った」「カウントミスで違う数字を打ち込んだ」という実態が次々に浮かんできた。

 問題を放置しても不足する食材を多めに仕入れれば店の運営は進む。だが裏ではコストがかさんでいるのだ。聞き取りを通じてどの時間帯、どんな店の状況で問題が起きやすいかを把握すると従業員も自らも目に見えてミスが減った。遠藤氏は「正確に伝票を管理しなければ『廃棄ロス』につながると意識しないと進歩しない。それに廃棄がゼロになれば単純にうれしい」と話す。

 志村氏は管轄店舗で「毎日徹底追究」による報告を求めるのと同時にクラウドでのデータ共有を始めた。各店の廃棄量の情報を店長たちが確認できる。誰もが他店に負けるわけにはいかない。遠藤氏はこの数字を「ロス金額」と書いて店舗事務所に張り出した。

 神奈川県の店舗ではひと月に10万円の食材廃棄を出す店もあった。全店の1店舗あたり月商から計算すると、廃棄をゼロにすれば営業利益率が1ポイント程度引き上がる店もある。

 本部も若手の教育に本腰を入れ、19年には店長になる前の社員を対象に研修を始めた。採算表作成や予算立案など通常の店舗管理に加え、厨房とフロアでのコツをひとつずつ教えていく。大量に使用する食材はすぐに手が届く範囲に置く。古い食材は冷蔵庫の手前に置き、新しいものは奥に詰める。これらはかつては現場で見て覚えていたもので、徹底できないこともあった。

 この他にも廃棄ロスを削減し、原価を抑えるすべはいくらでもあるという。営業本部の早川保英氏が各店に指導しているのは「キャベツの葉をめくる枚数」。利用できるし、食感も変わらないのに何気なく捨てている部分がないか。ソースも客が通常使う最大量以上に盛る必要はない。

 店舗でのオペレーションでは人員配置が特に難しく、巧拙で結果に差が付きやすいという。店長が従業員のシフトを適正にコントロールしていれば、手持ち無沙汰になって無駄な人件費がかかることもない。何よりも顧客満足度に直結し、売り上げの多寡にもつながる。ホールで目くばせを利かせることで、アルコールを勧めるタイミングを計り、単価を上げていくようなテクニックも若手社員に教えている。

店長は万能たれ

 店長会議で本部がリードするグループディスカッションの様子を見せてもらった。営業本部の早川氏が愛知県南部エリアの店長に「なぜ閉店前の遅い時間にこれだけの人員を配置しているのか」と問うていた。「確かにここは削減できそう」と答えた店長に対し、「ここの人員をピークタイムに持ってくれば顧客の満足度も上げられるし無駄な作業時間もなくなる」と指導していた。各店ごとの事情に応じて柔軟に運用するよう導いているようにみえた。

 店長に求められる能力として、肉を焼き、ごはんを炊き、野菜を切るといった基本作業の技量が高いことも欠かせないという。人手が足りないときにカバーに入るだけではない。調整が難しい炭火を使い、ベストの焼き加減で調理できるのは、大半が職務歴の長い年上のパート社員。彼らとコミュニケーションを取りながらシフトを固め、日々の運営を滞りなく進めるには、すべての業務に精通していないと難しい。

 調理経験の乏しいまま店長になった遠藤氏は肉の調理を中心に猛訓練をしたという。志村氏は遠藤氏のオペレーションについて「自分がうまく調理ができないため店舗で遠慮している面があったが克服した。言うべきことが言えるようになった」と話す。遠藤氏は今秋、神奈川県で最大規模の横浜青葉インター店の店長に異動になった。

 コロナ禍でブロンコビリーが被っている打撃は今も大きい。オープンキッチンでサラダバーという形態だけに、感染対策を徹底せねばならず、コストもかさんでいく。その中で竹市氏は「若手育成の取り組みをはじめとした既存店強化に取り組んでいなければもっとひどいことになっていた」とみている。

 竹市氏は多くを語らないが、5年間で60以上の出店は身の丈を超えていたという思いがあるようだ。無理をせず、店舗のサービス力を確実に固めてから次に進みたいとずっと考えてきた。それでも投資家からは「出店はどうするのか」と頻繁に尋ねられる。そこには上場企業ゆえの葛藤がある。「うちの方針は一つひとつの店舗を成長させ、収益性を安定軌道に乗せること。赤字店舗を出さないことが1丁目1番地」と語る。

 冒頭で紹介した店長会議には続きがある。「適正な人員配置と発注、マネジメントのミスを減らすことが顧客への品質の約束につながる」。竹市氏は店長の資質に社運がかかっていると言いたいようだった。店長やエリアマネジャーを前に「21年は19年の水準の業績まで戻すことが目標だ」と数字を挙げてコロナを克服すると宣言した。

 BSE騒動の際は安売りビジネスを高級路線に変え、拡大主義から収益性重視へと経営を180度転換させた。竹市氏は「お客さんは『何となく』では絶対に店を選んでくれなくなる。今までのやり方に固執できない。1年後に『粗挽き』がなくなっていてもいい」と話す。

 つくりこんだ店、絞り込んだメニュー、徹底した原価低減を一貫して追求したことがコロナに抗する経営を導いた。「次の5、10年でもう一度店を作り直す」という竹市氏はこれまでと違う経営に乗り出そうとしている。その道を切り開くためにも会社を引っ張る店長の育成に全力を傾ける。