ガラス世界大手のAGC(旧旭硝子)が医薬品分野の受託開発・製造を新たな事業の柱に育てている。2010年代前半、主力の液晶用ガラスの市況悪化と業績低迷を機に事業構造の見直しを進めた。既存事業で収益を確保しつつ新規事業を育てる「両利きの経営」をどう実現したのか。
千葉県市原市の臨海地帯にあるAGCの千葉工場。東京ドーム1.3個分の敷地面積がある工場の一角に、専用の防じん服を着込まなければ入れないスペースがある。

中をのぞくと、オレンジ色の培養液の入った三角フラスコを用心深く揺らしている従業員の姿があった。培養液の中に入っているのはわずか数マイクロメートルの細胞。揺らすと細胞分裂によってさらに細胞が増えていく。半透明のビニールバッグにフラスコ数本分の溶液を入れ、専用装置でさらにバッグを揺らして細胞を増やす。
「醸す」ことで医薬品材料に
この次々と増える細胞は、ヘルスケア産業の成長分野の1つと位置付けられる「バイオ医薬品」の材料だ。有機化合物から人工的に合成する「低分子医薬品」と違い、タンパク質やバクテリアなど生物由来の材料を使用する。
安全性の高さが特長で、最近では抗がん剤などの材料にも用いられるなど高い治療効果が見込める。ただ弱点もある。環境変化に敏感に反応する生物由来の成分を使うため、バイオ医薬品やその材料の構造が複雑になり、安定した製造が難しいとされている。
AGCの千葉工場医薬品部課長の宮田雄一郎氏は「細胞の仕組みは全てが解明されているわけではない。穀類の醸造のようにうまく『醸す』ことで、細胞を安定して増やしていかなければならない」と説明する。

こうした細胞は1ミリリットルあたり100万~1000万個の割合とされる細胞分裂のしやすい「過ごしやすい濃度」(宮田氏)を維持する必要がある。やみくもに細胞の入った培養液と液体を混ぜても細胞は増えない。最適な濃度を保つことで、250ミリリットルだった細胞の入った溶液は最終的に2000リットルのタンクが満杯になるまでに増える。
アンモニアや乳酸といった老廃物や、細胞自体が死滅して生まれる不要物をろ過フィルターで丁寧に取り除き、薬の材料となるタンパク質の濃度を高め、最終的に容器へと充填する。
バイオ医薬品やその原料を安定的に量産するビジネスは、昨今の医薬品業界でトレンドとなりつつある。スイスのロシュやノバルティスなど世界の大手メーカーは新薬開発に投資を集中させ、量産を専業に任せる分業体制が進んでいる。生産設備を持たないスタートアップ企業や大学の研究機関が開発した医薬品が量産できるかどうか相談する場合も増えているという。
新薬の種を見付けても量産できなければ患者には届かない。この悩みに応えるべく、微生物や動物細胞を相手にしながら安定的な生産を支えるのがAGCなどの医薬品の受託メーカーだ。「開発製造受託(CDMO)」と呼ばれるビジネスで、宮田氏は「正しく、きっちりと薬を届ける『ライト・オン・タイム』が何よりも重要だ」という。

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