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銀行向けで7割を占める貨幣処理機の大手が、顔認証技術を使って新分野を開拓している。硬貨・紙幣から始まった「識別」の対象は、文字や印影に広がり、現在は人間をも識別し始めた。貨幣処理機で構築した顧客網から潜在ニーズを掘り起こし、大手競合とは違う路線で用途開発を進めている。

(写真=3点:村田 和聡)

 ピピーッ、ピピーッ。フロア中に警報の音が響き渡ると、昼食の配膳準備を進めていたスタッフたちの手が一斉に止まり、表情に緊張が走った。すぐに廊下に出て、周囲を見渡す。視線の先には、外歩きの大好きな高齢女性の姿があった。「おばあちゃん、どこに行くんですか? ご一緒しますか?」

 ここは群馬県伊勢崎市にある介護老人保健施設・アルボース。100人ほどいる入居者の約半数が認知症の高齢者だ。この施設では、2001年以降、認知症に伴う徘徊(はいかい)や出歩きといった症状が進行しても、部屋に鍵をかけたり身体的拘束をしたりしない方針で施設を運営している。ただその分、気づかないうちに入居者が施設から外に出ないよう、見守りのためのスタッフを増員するなどの対応が必要となる。介護人材の不足で人手はなかなか集まらない中、職員のやりくりが課題だった。

入居者の外出事故はゼロに

 省力化に対応しながらも、入居者が施設から出てしまう事故を予防できる方法はないものか。様々な検討を重ねた結果、たどりついたのが、貨幣処理機大手、グローリーの顔認証システムを使った「離院事故予防システム」だった。

 このシステムは、家族などの同意を得た上で徘徊を繰り返す傾向の強い入居者の顔画像を事前登録しておき、監視カメラの前を対象人物が通過するとアラームが鳴る仕組みだ。アルボースでは、外に出る際に必ず通るエレベーターの前にカメラを置いた。

 今年1月のシステム導入後、従来は年に数件あった入居者の無断外出事故は起きていない。見守りの負担が減ったため、職員全体の残業時間が減り、人件費も削減することができた。

 カメラに映った顔情報をデータベースと照合して識別する顔認証システムは、今後、利用拡大が見込まれている。すでに身近なところでは米アップルのiPhoneや、米マイクロソフトのウィンドウズでのロック解除の手段として使われている。

 顔認証はイベント会場や駅、空港など大人数が集まる場所でのセキュリティー対策などにも使われる。大口案件になりやすく、パナソニックやNECなど、国内の大手メーカーも力を入れている。法務省が18年から国内主要5空港の出入国審査で一部導入した顔認証ゲートは、パナソニックが受注。20年の東京オリンピック・パラリンピックで、約30万人に上る大会関係者の本人確認手段として顔認証システムを納入するのはNECだ。

日経ビジネス2019年11月4日号 52~56ページより目次